地域医療の灯を消さない。医師と患者の想いを次世代へつなぐ医業承継|エムステージマネジメントソリューションズ
開業医の高齢化や後継者不足が深刻化するなか、地域に必要とされている病院やクリニックが、後継者を見つけられないまま閉院するケースが増えています。医師の人材紹介や医療機関の経営支援で培ったネットワークを生かし、医療機関に特化した事業承継・M&Aを支援しているのが、株式会社エムステージマネジメントソリューションズです。同社が手がける医業承継サポートは、条件面でのマッチングだけではなく、院長の診療方針や患者との信頼関係、スタッフの雇用まで含めて引き継ぐことを重視しています。代表取締役の田中宏典さんに、医業承継に取り組む背景や実際の支援事例、地域医療を次世代へつなぐための構想について伺いました。
まず、エムステージグループの事業内容と、その中で医業承継サポートが担っている役割を教えてください。
エムステージグループは、医療・ウェルビーイング領域を中心に事業を展開しています。その原点となったのが、医師の紹介事業です。当時は、人手不足による医師の過重労働解消や、女性医師が子育てと両立できる環境整備を大きな課題と捉えていました。
だからこそ私たちは、医師が多様な働き方を選べる社会を創り、誰もが能力を最大限に発揮できる社会の実現を目指してきました。
その後、病気になる前の段階から健康を支え、高齢化率のさらなる高まりによる医療費の増大を抑えるため、産業医や保健師による産業保健サービス、ストレスチェックなどの予防医療にも事業を広げてまいりました。
現在私たちが取り組んでいるのが、医業承継です。院長の平均年齢が60歳を超えると言われ、地域に必要な医療機関であっても、後継者がいないことで運営を続けられなくなるケースが増えています。医師の人材紹介が日々の診療体制を支える「点」の支援だとすれば、医業承継は医療機関という場所そのものを次世代につなぐ「面」の支援です。

医業承継を「地域医療インフラの存続」と捉えているそうですね。その重要性を強く実感した事例はありますか?
静岡県の伊豆地域にある病院の事例が印象に残っています。その病院では、常勤として勤務している職員が非常に少なかったので、75歳前後の女性院長は休むことが難しい状況でした。病院と住居が一体化したクリニックで、365日24時間に近い体制でほぼ一人で病院を支えていたため、体力的にも精神的にも限界を迎えており、このままでは病院を閉めざるを得ない状況でした。
ところがその病院は、小児科から一般内科、高齢者の慢性疾患まで、幅広い診療を行っている、地域にとって非常に重要な病院であり、近隣に代わりとなる医療機関はほとんどなく、その病院がなくなれば、周辺地域の数千人の住民が困ってしまうことが予測できました。そこで私たちは、なんとしてでも存続させるという思いで新たな引き継ぎ手を探し、承継後の運営体制まで含めて支援したという事例です。
このように、一つの病院がなくなることが、そのまま地域インフラの喪失につながるようなケースは、地方へ行くほど多くあります。医業承継は単なる事業の売買ではなく、地域の生活を守る仕事だと捉え、お客様に向き合っています。
後継者がいないにもかかわらず、第三者承継への相談が遅れてしまうのはなぜでしょうか?
医師の方は、地域医療や患者様への強い責任感から「長く現役を続けたい」と望まれる傾向にあります。70歳を過ぎても診療への情熱や思いは熱く、日々の診療に注力されるあまり、第三者承継に向けた具体化や相談が遅れてしまうケースは少なくありません。
また、「自分の医院を任せられる人は見つからないだろう」と、最初から諦めてしまうケースもよく見られます。医師免許を持っていれば誰にでも承継できるというわけではありません。診療科や経験、地域との相性など、医療を提供する上で必要になる具体的な相性を検討することはもちろん、医療や患者の方にかけている思いの部分まで、双方が理解し共感できて初めて、承継に前向きになれる医師の方もいらっしゃいます。
買い手となる医師が、新規開業ではなく承継開業を選ぶメリットはどのような点でしょうか?
現在の医療機関経営では、診療報酬が法律で定められているため、得られる収益の上限は決まっています。その一方で物価や人件費は高騰を続けています。承継開業であれば、新規開業の際に必要な物件や高額な医療機器などの初期費用を抑えることができ、さらに、基本的には開業した初日から患者さんがいらっしゃる状態にできることは大きなメリットとなるはずです。
また、勤務医として臨床経験を積んできた多くの先生方は、採用や人材育成、組織のマネジメントの経験が少なく、苦戦するケースも見受けられます。新規開業の場合、診療以外にもスタッフの採用、教育、業務フローの構築などを一から全て自身で行う必要がありますが、承継開業であれば、既存のスタッフ、すでに構築された診療体制をそのまま引き継ぐことができます。初期費用を抑えながら、早い段階で安定した経営を目指せることが、承継開業を選ぶ大きな理由です。
財務条件だけでは判断できない、医療理念や人間性の相性はどのように見極めていますか?
まずは、診療方針を具体的にすり合わせることが重要です。同じ症状の患者さんに対して、どのように診断し、どのような治療を行うのかは、医師が学んできた環境や世代によって異なります。
引き継いだ後に診療の進め方が大きく変わると、「前の先生とは違う」「慣れている方がよかった」と感じた患者さんが離れてしまう懸念があります。そのため、カルテなどの情報も確認しながら、買い手の先生が現在の患者さんを継続して診られるか、前院長の診療方針を尊重できるかなどを話し合います。
そして、承継を決める前に、候補となる医師に実際の診療現場で勤務してもらうことも重要だと考えています。現場に入ることで、患者さんの層やスタッフの働き方、院内の業務フローを確認できます。売り手と買い手の双方が、実際に一緒に働いたうえで相性を確かめることで、承継後の認識のずれを減らしています。
今でも印象に残っている承継事例はありますか?
末期がんを患った院長先生の診療所を承継した事例は今でも忘れられません。その院長先生は、奥様のご実家の診療所を引き継いだ2代目で、承継時はすでに60代前半でした。老朽化した診療所を新築移転し、CTなどの医療機器を導入した直後に末期がんが判明しました。
ご相談いただいた時点では病状がかなり進行しており、院長先生は週末は緩和ケア病棟に入院し、週明けには再び診療所へ戻ってきて点滴を打ちながら診療を行うという過酷な生活を送っていました。職員と患者さんを守るため、まさに命がけで診療を続けていたのです。
私たちは複数の承継候補者を探し、そのうちの一人が、スタッフの雰囲気や患者さんの層が自分の経験と合うかを確かめるため、実際に診療所で何度か勤務していました。しかし、正式な承継が決まる前に、院長先生が亡くなられました。その医師はお通夜に参列し、ご遺族に「自分に承継させてください」と伝え、引き継ぐことを決断されました。
かけられる時間が限られるなか、特に難しかったことは何ですか?
承継の仕組みと財務面の設計です。診療所には、新築移転や医療機器の導入に伴う約1億円の借入が残っていた一方で、建物は借地上にあり売却して現金化できる資産は限られていました。
院長先生は借入の連帯保証人だったため、そのまま亡くなれば、ご遺族が負債を含めて相続することになります。承継が成立しなければ、相続放棄を選ばざるを得なくなる可能性が高い状況でした。
そこで、院長先生の生命保険金など、ご遺族から医療法人へ資金を入れていただくことで、借入は残るものの、一定の現預金がある状態をつくりました。買い手の先生にとっても、差し引いた負担は新規開業に必要な資金と大きく変わらず、すでに患者さんやスタッフ、施設、医療機器がそろった診療所を引き継げる条件に整えました。
ご遺族に資金の拠出をお願いする非常に難しい交渉でしたが、結果として相続放棄を避け、診療所を存続させることができました。職員の雇用と患者さんの診療の場を守ることにもつながったため、今でも深く心に残っています。
やはり、早い段階から承継を考えることが重要なのでしょうか?
非常に重要です。診療ができないというピンチは、ある日突然やってきます。体調不良を感じた時には、すでに診療を続けることが難しい状態になっていることもあります。
休診が増えると、患者さんは別の医療機関へ移っていきます。患者さんが減ってからでは承継候補者が少なくなるため、承継先が見つからないまま閉院せざるを得なくなることがあります。
元気なうちに相談していただければ、複数の候補者から診療方針や人柄の合う先生を選び、実際に一緒に診療する期間も設けられます。患者さん一人ひとりへ新しい先生を紹介し、カルテには残らない細かな情報やスタッフとの関係まで、時間をかけて引き継ぐことができます。
まだ診療を続けられる段階から情報収集を始めることが、患者さんとスタッフ、そして院長先生自身を守ることにつながると考えています。
現在、特に力を入れている取り組みを教えてください。
引き継ぎを希望する医師の可視化です。医師にとって、自分が長年守ってきた医療を誰に託すかは、非常に重要な問題です。「この人なら任せたい」と思える相手でなければなりません。一般的なM&Aでは売り手の案件情報が中心ですが、医業承継では、通常以上に引き継ぐ側の医師の人柄や志も非常に重要です。
そこで、私たちがこれまで培ってきた医師ネットワークを生かし、どのような経歴や診療経験を持ち、どのような思いで承継開業を希望している医師がいるのかをサイト上で見えるようにすることで、承継のハードルを少しでも下げられたらと考えています。「自分の地域にも、こういう思いを持って引き継ぎたいと考えている先生がいる」と分かれば、承継を現実的に考え、早めに行動するきっかけになるのではないでしょうか。
WWFジャパンなどと連携し、遺贈寄付や生命保険信託に関する選択肢も提供しています。どのような背景があったのでしょうか?
医業承継の現場で、一生を地域医療に捧げてきた先生方から、「自分の財産や事業の集大成を、社会や未来のために役立てたい」という声をいただいたことが背景にあります。そこで、WWFジャパンの環境保全活動に加え、国境なき医師団日本による医療・人道援助、国連UNHCR協会による難民支援など、先生方の信念に合った寄付先を選べるようにしています。
もちろん、こちらから寄付を押し付けることはありません。承継を進めるなかで、先生ご自身から資産の使い道や社会貢献への関心が示された時に、初めて選択肢の一つとしてご案内します。
医療機関を次の世代へつなぎ、承継によって生まれた資産を社会や環境の未来へ還元する。医療と社会貢献という二つの持続可能性を結びつける、新しい承継の形にしていきたいと考えています。
2025年には、『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版されました。書籍に込めた思いを教えてください。
この事業を立ち上げた当初、医療機関のM&Aに対して「難しそう」「自分には関係ない」という印象を持つ方が多いと感じていました。しかし実際には、医療機関の承継は珍しいものではなく、多くの現場で行われています。
一方、当事者がどのような背景から承継を考え、どのような過程を経て引き継いだのかという情報は、あまり表に出ていませんでした。会計や法務、承継スキームだけを説明しても、難しく感じてしまいます。
そこで、実際の事例をもとにした物語を通して、「自分と似た状況の先生が、このような方法で承継した」「自分にも承継開業ができるかもしれない」と感じてもらえる本をつくりました。特に、引き継ぐ側の医師に読んでいただき、承継開業を身近な選択肢として考えていただけたら嬉しいです。
田中さんが医療業界で仕事を続けてきた背景には、どのような問題意識がありますか?
大学卒業後、最初に医療機器メーカーへ入社し、病院へ出入りするなかで、医療機関の経営に違和感を持つことがありました。本来であれば、一生懸命に質の高い医療を提供している人たちが、適切に収益を上げ、長く医療を続けられるべきですが、医療の質と経営の持続性が必ずしも結びつかない現実がありました。良い医療を提供している人や組織が正しく評価され、地域に残り続けられる仕組みをつくりたい。その思いから、医療と経営の領域で仕事を続けています。
今後の目標を教えてください。
M&Aは、担当者個人に知識や経験が蓄積しやすく、情報の非対称性も大きい業界です。その結果、手数料が高くなり、支援を受けられる機関が限られてしまうという課題があります。

私たちは、これまでの事例や業務プロセスを組織の知識として蓄積し、共有することで、支援方法を標準化していきたいと考えています。特定の担当者に依存するのではなく、チームとして質の高い支援を提供できる体制をつくることで、費用を抑えながら、より多くの医療機関の承継を実現してまいります。
目の前で失われそうになっていた医療機関のバトンをつなげた時は、私自身も大きなやりがいを感じます。そして、組織全体でサービスを提供できるようになっていくことで、より多くの医療機関、地域へ価値を届けていくことにも喜びがあります。
日本のどこに住んでいても、必要な時に適切な医療を受け続けられる社会をつくるために、地域医療のバトンを次世代へつないでいく一助となります。
