MBAでも社員の信頼は買えない。事業承継で後継者に足りない「未来つまり理想を語る力」|法政大学・近藤大輔教授
海外MBAや公認会計士資格を持っていても、後継者が社内で信頼を得るのは簡単ではない。管理会計を専門とし、京セラコミュニケーションシステムからの依頼で5年かけて事業承継の現場を調べた法政大学経営学部の近藤大輔教授は、そこに共通する不足点を指摘する。後継者に足りないものは「未来つまり理想を語る力」だった。
なぜ京セラコミュニケーションシステムから「アメーバ経営は事業承継に効くのか」の検証を依頼されたのですか
親族内で承継を進めるファミリービジネスのクライアントから、京セラコミュニケーションシステムの支援先に類似した悩みをもつ企業が多かったからです。例えば、二代目の長男が、現状のスキルで事業を引き継ぐには難易度が高いといった悩みが多かった。
そこでアメーバ経営を導入すれば、これから会社を継ぐ息子をサポートできるのではないか、という相談が続いた。果たして本当にそこで役立つのかを検証してほしい、という依頼でした。
もともとの接点は、アメーバ経営学術研究会です。私が博士課程にいた2012年、とある企業のアメーバ経営導入調査について、神戸大学の三矢先生が許可を得て、一緒にやろうとお誘いいただきました。そこからアメーバ経営の研究を始め、14年ほど続けています。そこで京セラコミュニケーションシステムとも関係があったので事業承継のプロジェクトを一緒にやりませんかと声がかかったのが、今回の書籍の出発点です。
調査してみてわかったのは、後継者に求められる最も重要な能力は「会社の未来つまり理想を描き、理想の実現へと組織を動かす」力だということです。ここで言う理想とは、企業の存在意義(ミッション)、目指す理想の姿(ビジョン)、そしてその実現のための価値観や行動指針(バリュー)、経営理念を含む概念です。
アメーバ経営におけるフィロソフィは後継者が理想を描くために、自社の理想がどうあるべきなのかを考え、言語化し、浸透させるきっかけを与えます。現実を理想に近づけるときの羅針盤となります。
たとえば、調査企業の一つであるカネテツデリカフーズさんでは、事業承継時に後継者が幹部候補と一緒に合宿で飲み食いしたり、お風呂に入ったりして、一日中、カネテツデリカフーズという会社の未来を話し合って理念を編纂しました。一部を抜粋すると下記のようになります。カネテツさんは「ほぼカニ」といったかまぼこ商品が有名ですが、理念編纂では単なるネリモノ商品を日本に売る会社からシーフード商品を世界に売っていく会社に進化しようという想いを込めて新理念が策定されました。

新理念を実現するために「壁超え事業の加速」などの重点テーマが幹部会議で議論された結果、イカメンチカツ、エビメンチカツといった新たなシーフード商品が開発され大ヒットしました。このように自分たちのなりたい理想の姿を社員たちと話し合い、実現に向けて組織を動かしていく力が後継者に求められる最も重要な能力です。
さらに理想にはミッション、ビジョンなどの実現のために必要な経済的な利益や定量的な数値の目標も含みます。アメーバ経営の部門別採算制度は、理想とそれに対比される現実を会計数値で小さなグループごとに捉え、現実を理想に近づけるためにどうすべきかを考えるきっかけを与えます。
フィロソフィと部門別採算制度が両輪となったアメーバ経営は、後継者が「理想を描き、理想の実現へと組織を動かす」力を育成するのに役立ちます。この内容を5年かけて確かめ、書籍にまとめました。
書籍で最も明らかにしたかった問いは何ですか
大きく2つです。後継者の能力の問題と、従業員と後継者の信頼関係の問題。この2点について、アメーバ経営をやると何が良くなるのかを説明しました。
事業承継には、親族内で承継する、社内で親族ではない人に承継する、買収してもらう、外部の経営者を呼んでくるといったパターンがあります。ケースによってやり方も管理の仕方も全部違うので、それを全部取り上げると、まとめたところで誰にもわからない本になってしまう。そこで今回は、基本的に親族内(ファミリービジネス)に絞ってまとめています。
2つの問いを立てた理由は単純で、どちらも悩ましいからです。後継者の能力がなければ、そもそも何をやってもうまくいかない。ではどういう能力が求められているのかを、ちゃんと書かなければならない。そしてもう一方は、たとえば、後継者がいわゆるエリート的にMBAを取って戻ってきても、それだけで信頼を得られるわけではない。なぜ信頼が築けないのかが、かなり大きな問題としてある。
MBAや会計士資格もある後継者が、なぜ社内の信頼を得られない事例があるのですか
経営を分析し、改善策を検討するだけでは、社員の信頼を得ることはできないからです。調査事例のなかには海外のビジネススクールでMBAを取った後継者や公認会計士の資格を持っている後継者もいました。MBAや公認会計士を経験すると数字を見て、自社の状態を分析し改善策を検討する力は身につきます。
これらの会社の後継者は、当初、自社の状態を分析し改善策は出していたのですが、必ずしも社員が思ったように動いてくれない状況が見られました。その後もこれらの会社を見ていると、後継者が改善策を出すだけでなく、自分の考える会社の未来の姿つまりビジョンを言語化し、そのビジョンの実現と社員の仕事がどのように結びついているかを発信しはじめたときに、社員の態度が変わっていくことに気付きました。

そこで強く思ったのは、社員との信頼関係を得るためには、ビジョンを言語化し、社員が自分たちの仕事にどういう意味があるのかという意味づけができるようにすることが大事ということです。社員が自分たちの仕事の意味付けをするために、後継者には未来つまり理想を語る力が求められます。それが一番大事で、最初からそれができている会社は少ないことを知りました。
やっかいなのは、それがなくても短期的な経営改善は成り立ってしまうことです。短期的に無理やり経費を削減して売上を増やせていれば会社は持続してしまう。しかし従業員が本気で一緒にやりたいと思わなければ、長期的には発展していきません。だから信頼関係は不可欠なのですが、自社を分析し改善策を検討する経営スキルだけでは信頼は構築できない。
「未来つまり理想を語る力」とは、具体的に何をすることですか
ミッション・ビジョン・バリューを示し、そのなかでどういう考え方を重視するかを作り上げる。そしてコミュニケーションを取り続け、社員と共通理解を作っていく。この一連のプロセスのことです。
アメーバ経営で大事な部分はフィロソフィですが、やっていることはまさにこれです。自分たちが仕事をしてどういう意味があるのかを、経営者が一方的に示すのではなく、一緒に共通理解として作り上げていく。このプロセスが、長期的にかなり大事になります。
もう一つ有効なのが、後継者主導で生まれるアイコン的な商品です。そのアイコン商品に、どういう未来を目指すのか、どういう会社でどういうものを生み出していきたいのかが埋め込まれていると、その商品を通じて意味づけとコミュニケーションが取れる。我々の仕事はこういうことを目指しているよね、と話せるようになります。
カネテツデリカフーズさんのシーフードメンチカツが良い例です。それをちゃんと使って、経営者がどうしていくとみんなが楽しめるのか、みんながワクワクするのかをディスカッションできる。それがすごく大事だと思っています。
アメーバ経営は、どんな会社にも必要なものですか
どの会社にも必要というわけではありません。そもそもアメーバ経営の構成要素には、そこまで特殊なものではなく鋭い経営者が経営を突き詰めていったら辿り着くような普遍的なものもあります。京セラやKDDIの実践の中で稲盛さんが具体化していったものですが、部分的に近いことをできている会社はたくさんあります。つまり、アメーバ経営と言わなくても同じような考えで経営をしている会社はたくさんありますので、そのような会社には不要です。
ただし、アメーバ経営には尖っている部分もあります。そもそもアメーバ経営でやりたいことは、社長以外の社員が社長と同じような仕事のマインドを持てるようにすることです。そのために組織を最小単位まで分けて、無理やり、きみも社長なんだという状態を作る。
半強制的に数字の責任を負うことになるので、任せられる側も相当な覚悟と気概が必要になります。視座を上げなければいけないし、高い能力も求められる。いつもと同じ仕事をするのではなく、「なぜきみは前期や他の部署よりも利益を上げられないのか」と競争にさらされるわけです。その点から考えると、会社の規模が大きくなって、社員が社長に近いマインドを持ちづらくなっている会社では有用であると言えます。
有用だとわかっていても、やらない企業があるのはなぜですか
正直に言えば、保守的な考えが強い組織において、社員が社長と同じようなアニマルスピリッツを持つというのはハードルが高いことも多いからです。ハードルは高いけれども、いかにして、そのギャップを埋めていくのかは、ものすごく興味深い研究テーマだと思っています。
日本企業の競争力が落ち続けている原因を、どう見ていますか
世界のなかで日本の生産性は下がり続けていて、競争力も市場での強さも落ちている。一昔前はかなり強かったはずなのに、どんどん落ちていく一方です。原因が何なのかは明確にはわかりませんが、感じているのはマインドの問題です。言い換えるとアニマルスピリッツの欠如です。

アニマルスピリッツがある人が一部に限られていて、そういう人たちはプロの経営者として活躍し、成果も出している。しかしそうではない人たちが、どこまで海外と戦えるマインドを持っているかというと、安全なところにいたいという人が増えている傾向を感じます。
今の学生を見ていても、自由にいろんなことをやろうというよりは、他の人がやれていることを自分もできるようになろうと保守的になっている面も感じます。アニマルスピリッツを持った経営者たちと将来的に渡り合えそうな学生もいますが、多いとは言えないです。
海外は自己主張が強く、いかに違いを出すか、どう表現するかが問われる。日本では違いや表現の仕方よりも、和と同調が重視され、まずはみなが知っている知識を入れること、つまり学びの基本「守破離(しゅはり)」の「守」を重視する傾向があります。
みなが知っている知識を入れる「守」を実践したうえで、自分なりの工夫を入れオリジナリティを出す「破」もできれば良いのですが、「守」までで留まってしまうことも多い気がします。ビジネスは結局やってしまった者勝ちで、仮に失敗するとしても、先にやってから考えるぐらいのマインドが競争力につながることもあります。それがいまの和と同調を重視する日本とマッチしていない感はあります。
「守」という「破」「離」へのステップアップのための手段が目的化してしまって、「破」「離」といった差別化をする人が少なくなりつつあります。差別化というリスクテイクができる一部のビジネスパーソンだけが突き抜けていく感じです。
それをひしひしと感じているのもあり、私も大学の授業やゼミを変えています。授業やゼミでは、もちろん「守」も重視していますが、完璧に「守」をできるようにすることよりも、自分なりに考えてやってみる「破」を優先しています。「守」が不十分な状態で「破」をすると失敗することも多いのですが、この失敗経験の蓄積がなにより学生たちの競争力の源泉になると信じています。もちろん「守」も十分にせずに、いきなり師匠から完全に離れ、独自の新しいスタイルを確立しようとする「離」をする学生もいますので、その場合は本気で叱ります(笑)。
親族内承継と外部からの承継では、信頼構築の難しさはどう違いますか
今回の研究の範囲で言えば、親族内承継のほうが信頼は築きやすい。外部から人がくれば不安感が生まれ、構築された信頼がリセットされる可能性もあるので、そこから信頼を再構築するのは大変になることも多いです。
ただし、外部から後継者が来た場合も、前任者のやり方で良いところは残す。そうすることで安心感が生まれます。そのうえで時代の流れに合わなくなっている部分やうまくいっていない部分については、なぜうまくいっていないのかを踏まえて新しい考え方を入れていく。良いところを残すことで信頼を築きながら、変革を入れていければ良い形で信頼を築けるかと思います。
事業承継の研究は今後どのような広がりがありますか
まず、事業承継というと、一般の人には興味を持ってもらえない。興味を持つ人が経営陣やオーナーに絞られてしまいます。そのため、事業承継は経営者やオーナーだけの問題ではないということを広める必要性があります。現場のひとりひとりの社員も含めて、いかに良い会社を続けていくかという問題であることを伝えていきたいと思っています。
そして今回は親族内承継がメインテーマでしたが、少子化の影響があり親族内で後継者が見つからない可能性が高まると感じています。であれば外部への承継やM&Aのほうが早いし、まとまりやすいし、現実的にそうせざるを得ない流れもある。そのため、親族外承継も研究する必要性が高いと感じています。
企業内における会計の専門家は、これからどうあるべきですか
数字をマシン的に処理するだけでは、会計に関係する人間としてインパクトは弱い。事業に寄り添っていかなければならない、ということに尽きます。

いまFP&Aという考え方が広がってきています。これまでの経理のやり方ではなく、会社の経営の未来に役立つような会計と経理の仕方を考えたほうがいいのではないか、という潮流です。
私が持っている会計の資格も含めて、資格を取っただけで全てが保証されたような気持ちになってしまうケースもあります。今後、広がっていくFP&Aでは会計担当者は数字を「作る」役割から、数字で「経営を動かす」役割へ変わっていくので、資格勉強を通じて得た知識だけでなく、「前向きで、明るくて、感謝の気持ちを持って人と接する」といった人間的な魅力も使って、社内外のいろいろな人とコミュニケーションを取る必要が出てきます。
そのため、机の上の勉強では学べない人間的な魅力をどう伸ばしていくかも重要な課題になりそうです。これから会計を学ぶ人には、会計知識を身につけるだけでなく、どのように人と接すれば、人の心は動くのかも学んでほしいと思います。
よくある質問
- 後継者に最も必要な力は何ですか
- 近藤教授は「未来つまり理想を語る力」を挙げています。ビジョンを言語化して示し、社員と徹底的にコミュニケーションを取って、社員が自分の仕事の意味を理解できるようにする力です。会社を分析して改善策を検討する知識や会計知識といった経営スキルに加えて「未来つまり理想を語る力」が無ければ、信頼を得られないことも少なくないと指摘しています。
- アメーバ経営を導入すれば事業承継はうまくいきますか
- 万能ではありません。会社の規模が大きくなって、社員が社長に近いマインドを持ちづらくなっている会社では有用であると言えます。ただし、保守的な考えが強い組織において、社員に社長と同じ革新的なマインドを持たせるためにアメーバ経営をやっても、ハードルが高過ぎる場合もあるというのが近藤教授の結論です。
- 親族内承継と外部からの承継では、どちらが難しいですか
- 信頼構築という点においては、親族内承継のほうが有利と考えられます。外部から経営者が来ると、社員の心理は一度不安に振れ、そこから信頼を再構築するのに時間がかかる場合があります。ただし少子化の影響で、親族内承継を選べる企業は減っていく見通しです。
- 外部から来た経営者が信頼を築くには、どうすればよいですか
- 前任者のやり方で残すべき部分は残し、社員に安心感を与えたうえで、うまくいっていない部分に絞って「なぜうまくいっていないのか」を共有しながら新しい考え方を入れる。この順序が有効だと近藤教授は見ています。ただし外部承継への応用は今後の研究テーマだと補足しています。
近藤 大輔 Kondo Daisuke
法政大学経営学部卒業。在学中の2003年に公認会計士試験に合格し、TACで会計士講座の講師を務める。2008年に一橋大学大学院商学研究科へ進学し、2013年に博士後期課程を修了(2015年、博士号取得)。大学院在籍中の2012年から、経営破綻後の日本航空を対象としたアメーバ経営の実態調査に参画し、これを博士論文にまとめる。2013年から法政大学会計大学院講師、2016年から立正大学経営学部講師・准教授を経て、2024年より現職。専門は管理会計。アメーバ経営、原価企画、ファミリービジネス、事業承継を研究対象とする。日本管理会計学会、日本原価計算研究学会、日本会計研究学会、アメーバ経営学術研究会に所属。