薬学博士×MBAの二代目が挑む、創業30年の薬局承継|フローラ
茨城県水戸市・笠間市と東京都恵比寿で4店舗の薬局を展開する株式会社フローラ。約30年前に両親が創業した薬局を、2027年に二代目として承継する予定なのが、取締役の山下康也さんです。薬剤師として現場に立ちながら、薬学博士とMBAを取得し、店舗の増築やDXなどの経営改革にも取り組んできました。承継前から会社を変える理由や、先代との関係、M&Aで別の薬局を引き継いだ経験などについて伺いました。
まず、現在のお仕事について教えてください。

現在、茨城県に3店舗、東京都内に1店舗の薬局を展開する株式会社フローラで、取締役を務めています。
もともと両親が茨城県で創業した薬局で、私自身も薬科系の大学を卒業して薬剤師免許を取得しました。現在は現場で薬剤師として患者さんに接しながら、経営にも携わっています。
大学卒業後は大学院に進学し、薬学博士を取得しました。実の母であり、代表取締役でもある現社長も薬学博士を取得しているのですが、私が若い年齢で事業を承継する以上、取引先や周囲の方々から一定の信頼をいただくためにも、専門性を示せるものが必要だと考えたことが学位取得の一つのきっかけです。
その後は経営について学ぶためMBAも取得しました。薬学博士として医療を学び、MBAで経営を学びながら、事業承継に向けた準備を進めています。
フローラ薬局はどのような薬局なのでしょうか。
約30年前に両親が茨城県水戸市で創業しました。
もともと両親は病院で働いていました。当時、院外処方が広がっていく流れの中で、より患者さん一人ひとりと向き合いながら、漢方薬なども使って体調の悩みを解決できる場所をつくりたいという思いから独立したと聞いています。
創業当初から最も大切にしているのは「地域住民の健康に貢献する地域密着スタイル」です。地域の患者さんに全力で向き合う。そして地域住民のみなさんにフローラ薬局を覚えてもらうようになり、その中で患者さんだけでなく医師や医療機関とのつながりが生まれ、そこから少しずつ店舗を増やしてきました。
薬局の場合、基本的に扱っている薬そのものの品質は全国で同じです。そのため、商品だけで他の薬局と大きく差別化することは難しいと思っています。
だからこそ私たちが大切にしているのが、患者さんへの接し方です。
両親やこれまで働いてきたスタッフが長い年月をかけて築いてきた地域住民との信頼関係があります。自分の接客一つでこれまでの信頼を失う可能性もあるので、私自身も会社に入ってから、患者さんに丁寧に接することを非常に意識してきました。
山下さんは薬局の2階で育ったそうですね。幼い頃、ご両親の仕事をどう見ていましたか。
薬局の2階が自宅だったので、小さい頃は1階に降りて両親のところへ遊びに行くことがよくありました。
そこで見ていたのが、両親と患者さんが楽しそうに会話している姿です。患者さんが帰るときには「ありがとうございました」と感謝されている。
子どもながらに両親は「人から感謝される仕事をしているんだ」と感じて、うれしかったですし、誇らしい気持ちがありました。
今振り返ってみても、自分にとって家業の原風景は「大変そう」というより、「人に感謝される素晴らしい仕事」という印象だったと思います。
一方、当初は「とりあえず親の会社を継ぐ」という感覚だったそうですね。
そうですね。高校生や大学生の段階で、自分が将来本当にやりたいことが明確に決まっている人は、それほど多くないと思います。
私自身もそうでした。
他に明確にやりたいことがあるわけではないから、「とりあえず家の会社を継ごうかな」という消極的な選択だったんです。
その考え方が大きく変わったのが、2020年のコロナ禍でした。
当時は大学院生で、緊急事態宣言もあり、研究室ではなく自宅で論文を書く生活をしていました。その頃、移動時間もなくなったことから自分の時間が増えて、YouTubeを見ることが多くなりました。その中でも、起業家が自分のビジネスアイデアを発表し、資金調達に挑戦するような動画を見るようになったんです。
それを見て「自分もビジネスをやってみたい」と思い、当初の「家業を継ぐ」のではなく、自分で起業しようと考えました。
いろいろなビジネスアイデアを考えたのですが、途中で「自分は何か実現したいことがあるのではなく、起業すること自体が目的になっているな」と気づいたんです。
そこから改めて、「自分が本当にやりたいことは何だろう」「大変な状況になったときでも踏ん張れる事は何だろう」と考えました。
そのときに出てきたのが、これまで育ててくれた両親への感謝と、家族のために頑張ることでした。
それなら、自分が人生を懸けて取り組めるのは事業承継なのではないか。
それまでも両親には「会社を継ぐ」と伝えていましたが、そのとき初めて、自分の中で前向きに「本気で両親の会社を継ごう」と決めることができました。
経営を学ぶことで、ご両親に対する見方にも変化はありましたか。
経営を学べば学ぶほど、両親に対する見方はかなり変わりました。
以前は薬剤師として患者さんに薬をお渡しする仕事を中心に見ていましたが、ビジネススクールなどで経営を学ぶようになると、「そもそもなぜこの会社は30年間続いているのだろう」と考えるようになりました。
勉強すればするほど、起業すること、会社を長年存続させること自体が簡単ではないことが分かってきたんです。
今はSNSもありますし、起業するための情報も簡単に手に入ります。
でも両親が創業した約30年前は、今とは全く違います。
周囲に田んぼしかないような場所に、住宅兼店舗を箱からつくり、借入も抱えながら、SNSなどの無料で発信できるデジタルツールもない状態でゼロからチラシ配りや口コミを通して患者さんを着実に集めて、黒字化していった。
経営を学んだからこそ、「両親がこれまで成し遂げたことは本当に素晴らしいことだ」と思うようになりました。
会社経営への解像度が上がるほど、両親がやってきたことの凄さが分かるようになり、それが両親へのリスペクトにもつながりました。
MBAなどで経営を学んだことは、事業承継の準備にも生かされていますか。
かなり生かされています。
特に私が意識したのは、「どう成功するか」よりも、まずは事業承継を「どう失敗しないか」です。
「二代目が会社を潰す」といった話を聞くことがありますよね。
そこで、事業承継や会社経営の失敗事例に関する本を読んだり、事業承継のコミュニティで実際の失敗談を聞いたりして、「二代目がやってはいけないこと」を学んできました。
例えば、後継者が現場でいきなりあれこれと指示を出したり、オペレーションを変えたりすること。
こういった現場への指示や改革は、そもそも社員との信頼関係がなければ受け入れてもらえません。
だから私は、まず社員と仲良くなり、信頼関係を築き、現場を知ることを大切にしました。
それから、会社のお金を自分のお金のように使わないことも当然ですが意識しています。よく聞くのが、会社の経費を自分のお金と勘違いしてしまい、高い車を買ったり、交際費をどんどん使ったりして、会社のキャッシュを減らしてしまったという失敗談です。
成功にはいろいろな形がありますが、失敗にはある程度共通するパターンがあります。
だったら、再現性のある失敗であれば、まずはそれを徹底的に避ける。
そう考えて事業承継の準備を進めてきました。
親子で経営をしていると、意見がぶつかることも多いと思います。山下さんの場合はいかがですか。
他社の事業承継で聞くような、大きな衝突はほとんどありませんでした。
その理由は大きく二つあると思っています。
一つ目が、会社のミッション・ビジョン・バリューを一緒に、ああでもない、こうでもない、と悩みながらも、お互いが満足のいくものを作成した過程があることです。
もともと両親が掲げていた「地域に健康の花を咲かせる」という考え方がありました。
私が会社に入ってから、それを核としてミッションやビジョン、バリューを改めて整理していきました。
私が新しい取り組みを提案するときも、「これをやりたい」だけではなく、「地域の患者さんのためになるから、この方法を試したい」と、一緒に作成したミッションビジョンバリューをもとに、説明します。
すると両親も、「会社の理念に沿っているのであればやってみよう」と判断できます。
目指している方向が同じなので、意見が食い違ったとしても、お互いの好みをもとにした議論ではなく、ミッション、ビジョン、バリューをもとにした建設的な議論になるんです。
改めて、現社長と一緒にミッション、ビジョン、バリューを作成した過程は経営にとても役立っていると感じました。
もう一つは、母(現社長)と私が同じビジネススクールでMBAを学んでいることです。
同じ教材で同じ経営知識を学んでいるので、経営について話すときに共通言語があります。
もし私だけが経営を学んで、横文字や数字ばかり使って話していたら、「1人でよく分からないことを言っている」と思われていたかもしれません。
そのため同じ知識をベースに話せることは、親子間の事業承継では非常に大きいと感じています。
事業承継前から店舗の増築やDXなど、さまざまな改革を進めています。なぜ今から変えているのでしょうか。
大前提として、両親が創業した30年前と現在では、会社が置かれている環境が全く違います。
時代に合わせて会社も変化させなければいけませんし、社員がより働きやすい会社にしていく必要があります。
興味深かったのは、後継者がいること自体が、先代にとって新しい投資をする理由にもなっていることです。
現在の社長は60代です。もし自分の代で会社を終わらせる、もしくは会社売却するのであれば、IT化やロボットへの大きな投資をする必要はないかもしれません。
でも、次に会社を継ぐ人間がいる。
これからも会社が続いていくのであれば、今のうちに投資しておこうと考えられる。
後継者という存在が、未来に向けた投資の意思決定につながっている部分はあると思います。
実際に私自身、現場に入って様々な業務において紙を使った管理やアナログな作業には非効率さを感じていました。
店舗が小さい頃は問題にならなかった作業でも、患者さんや社員が増えれば、その作業量も比例して増えていきます。
だからIT化やロボットを取り入れて、効率化できるところは効率化してきました。
これまで取り組んだ改革の中で、特に印象に残っているものを教えてください。
一番思い入れがあるのは、店舗の増築プロジェクトです。
店舗を約2倍の広さにしたのですが、私にとって最もプレッシャーがかかったプロジェクトでもありました。
長期間営業を止めれば、その間は売上がなくなってしまいます。そのため、営業を続けながら同時に工事を進める必要がありました。
私自身、店舗の増築を担当するのは初めてです。
工事の進捗によって都度、社員の動線も変わりますし、その都度説明しなければいけません。社員にも負担をかけるので、「これが原因で辞めてしまったらどうしよう」という不安もありました。
さらに、工事中はドリルの音などがものすごく大きかったんです。
対面で話していても聞こえず、耳元まで行って話さないといけないくらいでした。
「自分が責任者となっている増築プロジェクトで、増築が完了した後に患者さんが減っていたらどうしよう」という怖さもありました。
一方で、店舗が狭いままでは社員の働きやすさや患者さんの快適さを改善できません。
やるしかないと思って進めました。
結果として無事に工事を終え、社員の満足度も上がりましたし、患者さんもこれまで通り来てくださったので、本当に安心しました。
自分が中心となって進めた大きなプロジェクトとして、今でも非常に印象に残っています。
新しいものを取り入れる一方で、先代から受け継いで残したいものはありますか。
取引先への挨拶や打ち合わせなど、人と直接会うことを大切にする文化は残していきたいと思っています。
今はメールやチャット、オンライン会議だけでも仕事ができますよね。
でも両親の仕事の姿勢や、薬局までこまめに挨拶に来てくださる卸会社の方々を見ていると、たとえ30秒や1分であっても、直接会って挨拶をすることで生まれる信頼があると感じます。
自分自身も、普段から会いに来てくださる方に対しては信頼感が生まれますし、「いつも来てくれているあの人のお願いなら、もう少し頑張ってみよう」と思うことがあります。
会社の内部ではITやロボットを使って効率化していく。
でも、人と人との関係まで極端に効率化する必要はありません。
足を運んで直接会うことの大切さは、自分の代になっても受け継ぎたいと思っています。
2019年には、M&Aで東京の薬局恵比寿ファーマシーを承継しています。この経験から学んだことはありますか。
学びしかなかったですね。
私は他社に就職せずに、そのまま家業へ入ったので、それまでは基本的に自分の両親の会社しか知りませんでした。
そんな中、ご縁があって2019年に恵比寿ファーマシーを承継することになりました。
会社が違うだけで、こんなにも文化が違うのかと驚きましたし、自分自身の価値観も広がりました。
特に学んだのが、改革する前に信頼関係をつくることの重要性です。
恵比寿ファーマシーでは、当時まだ紙を使った管理など、アナログな部分が多くありました。
私からすると、「ここは紙ではなく別の方法で管理した方が効率的ですよ」と思うわけです。
でも、正論を言ったからといって、すぐ受け入れてもらえるわけではありません。
現場からすると、「今までこの方法でやってきたんです」となります。
当時は「なぜこんなに伝わらないんだろう」と思ったこともありました。
でも経営について、事業承継について学ぶ中で、信頼関係がない状態でいきなり正論を言っても、人は動かないのだと気づきました。
そのため、たとえ非効率に見える業務があっても、最初はこれまでと同じ方法で一緒に働く。
その中で信頼関係を築き、少しずつ変えていく。
これは、自分自身がこれから家業を本格的に承継していくうえでも非常に大きな学びになりました。
今後、どのような薬局をつくっていきたいですか。
薬局の内部は、徹底的に効率化していきたいと思っています。
ITやロボットなどを使って、人がやらなくてもいい仕事はできる限り効率化する。
一方で、患者さんへの対応は、むしろ温かみのあるものにしていきたいです。
医療に関わる以上、患者さんは病気への不安や心配を抱えています。
もちろんオンラインや電話など、便利な方法を使えるところでは適度に使っていきます。
ただ、一番重要なのは「患者さんがどうすれば安心できるか」です。
内部はデジタルに、患者さんとの関係は温かく。
そんな薬局にしていきたいと考えています。
2027年には、いよいよ社長を引き継ぐ予定です。なぜこのタイミングなのでしょうか。
現在の社長である母が65歳になるタイミングだからです。
社員には定年がありますが、社長には明確な定年がありません。
では、いつ交代するのがいいのか。
家族や経営陣で話す中で、「65歳という年齢なら社内外にも説明しやすいし、一つの区切りとして分かりやすいよね」という話になりました。
それが2027年なので、そのタイミングで交代する予定です。
ただ、私が社長になった瞬間に、何もかもいきなり変えたいとは思っていません。
「社長が変わった途端、経営方針が180度変わった」となれば、社員の皆さんも不安になると思います。
まずは、社長が変わっても会社が大切にしてきたものは変わらないという安心感を社員のみなさんには持ってもらいたいです。
そのうえで半年、1年と時間をかけながら、新規出店も含めて新しい挑戦を少しずつ進めていきたいと思っています。
事業承継は、社長になる日だけで突然始まるものではありません。
これまで両親が築いてきたものを理解し、社員や取引先との信頼関係をつくりながら、時代に合わせて必要なものを入れていく。
事業承継のその日まで準備を重ねながら、しっかりとバトンを受け取りたいと思っています。
各種ご案内
山下 康也 Yamashita Yasunari
両親が約30年前に茨城県水戸市で創業した調剤薬局「フローラ薬局」の二代目。薬科系の大学を卒業して薬剤師免許を取得したのち、大学院に進学して薬学博士を取得した。若い年齢で会社を引き継ぐ以上、取引先や周囲の方々から信頼を得るための専門性が必要だと考えたことがきっかけだった。その後、経営を学ぶためMBAも取得している。当初は「とりあえず家業を継ぐ」という感覚だったが、2020年のコロナ禍を機に「本気で両親の会社を継ごう」と決意。2019年にはM&Aで東京・恵比寿の「恵比寿ファーマシー」を承継し、現在は茨城県3店舗・東京都1店舗の運営に携わる。現場で薬剤師として患者に向き合いながら、店舗の増築プロジェクトやIT・ロボットの導入による業務効率化を、承継前から主導してきた。「どう成功するか」よりも「どう失敗しないか」を軸に準備を重ね、2027年に社長を引き継ぐ予定。noteでは事業承継とDXの過程を発信している。