インタビュー

「株は渡せても、会社の動かし方は渡せない」事業承継で見落とされるITと業務の引き継ぎ|合同会社Projimo

「株は渡せても、会社の動かし方は渡せない」事業承継で見落とされるITと業務の引き継ぎ|合同会社Projimo

事業承継というと、株式や税務、後継者選びに目が向きがちだ。しかし実際に会社を引き継ぐためには、システムの契約や権限、値決めの基準、先代経営者の頭の中にある判断まで「会社の動かし方」を渡していく必要がある。ITと業務の視点から事業承継を支援する合同会社Projimo代表の西川貴弘さんに、見落とされやすい承継リスクと後継者が今から取り組むべきことについて伺った。

まず、西川さんのこれまでの経歴について教えてください。

私は新卒から大阪府内の市役所に入り、16年間勤務していました。その後、40歳だった2022年の春にIT業界へ転職し、現在はIT業界に入って5年目になります。

IT業界では、AWSやGoogle Cloudといったクラウド領域のエンジニアからキャリアをスタートしました。その後、開発現場のスクラムマスターや、プロジェクトを推進するPMO、PMなどを経験し、直近ではコンサルティングファームでマネージャーを務めていました。

そして2026年2月に合同会社Projimoを設立しました。

私自身の経歴で特徴的なのは、システムを「使う側」と「作る側」の両方を経験していることだと思っています。

市役所時代は予算を取り、ベンダーから提案を受け、導入されたシステムを利用する発注者側でした。一方、IT業界へ転職してからは、実際にシステムを作り、プロジェクトを動かす側になりました。

両方の立場を長く経験している人は、それほど多くないと思っています。この経験が、現在の事業にも生きています。

現在、合同会社Projimoではどのような事業を展開されているのでしょうか?

設立してまだ1年目ですので幅広く取り組んでいますが、一つの柱として掲げているのが、M&A後のIT統合、いわゆるPMIの支援です。

その延長線上で、現在特に力を入れているのが「IT×事業承継」です。

中小企業の事業承継を考えたとき、社長個人に業務や情報が依存しているケースは少なくありません。そこで、ITや業務がきちんと次の世代へ引き継げる状態になっているのかを確認する「事業承継IT診断」に取り組んでいます。

そのほかにも、受託開発や自治体DXなど、これまでの経験を活かしたIT支援を行っています。

16年間勤務した市役所を離れ、40歳でIT業界へ転職されたのはなぜだったのでしょうか?

市役所では、介護保険や介護認定、生活保護、総務部門での国勢調査をはじめとした統計調査など、さまざまな仕事を経験しました。

行政の仕事には、国や都道府県などから制度やマニュアルが示され、それに沿って正確に業務を進めていくものが多くあります。それはそれで非常に大切な仕事ですし、やりがいもありました。

一方で、30代になった頃から、「決められたものを運用するだけではなく、自分で新しいものを生み出したい」という気持ちが強くなっていきました。

新しいサービスを作る側に回り、それによって世の中をより良くしたいと思うようになったんです。

そこで市役所を辞める前の1年ほどは独学でITを勉強し、40歳でIT業界への転職を決めました。

さらにIT企業で経験を積んでいく中で、一つの会社の枠にとどまらず、自分自身で事業を作っていきたいという気持ちが強くなり、2026年に独立しました。

そこから、なぜ事業承継におけるITや業務の引き継ぎに注目されたのでしょうか?

原点の一つは、市役所時代の経験にあります。

市役所では人事異動があり、早ければ2年程度、長くても数年で担当が変わります。当然、前任者が使っていたシステムも引き継ぐことになります。

ところが、「なぜこの仕様になっているのか」「なぜこのシステムがこの状態になっているのか」を、誰も説明できないことがありました。

契約書自体は残っている。しかし、その契約を結ぶまでにどのような検討をして、なぜその判断をしたのかという背景が残っていないんです。

ベンダーに聞けば回答は返ってきますが、その回答が本当に妥当なのかを発注側で判断できないこともあります。

市役所の場合は異動が制度化されていますから、曲がりなりにも引き継ぎ書があります。

一方で中小企業の事業承継について話を聞くようになると、それ以上に大きな問題があるのではないかと感じました。会社を動かすために必要な情報が、先代経営者の頭の中にしか存在しないケースがあるからです。

さらに、一般的な事業承継の議論では、株価や税金、株式をどう分けるかといった話が中心になります。

そこには税理士や弁護士、金融機関、M&A仲介会社など、それぞれの専門家がいます。

一方で、「ITと業務を誰が見るのか」という部分が抜け落ちている。

事業承継の担当領域を示した図。税務は税理士、法務は弁護士、労務は社会保険労務士と専門家が対応する一方、IT・業務システムの欄だけが空欄になっている

そこに、私たちが支援できる余地があるのではないかと考えました。

実際の事業承継では、どのようなものが引き継がれていないのでしょうか?

例えば一つが、値決めの基準です。

商品の価格を決める際に、明確なルールがあるわけではなく、先代経営者がこれまでの経験から判断している。そのため、後継者には「なぜこの価格なのか」が分からないケースがあります。

IT周りでは、会社のドメインやサーバーなどの契約が、会社名義ではなく先代個人の名義になっているケースもあります。支払いに使うクレジットカードも個人のものになっていて、承継した後になって「これはどう変更すればいいんだ」と困ってしまう。

何十年も利用しているシステムを理解している人が、長年付き合っているベンダーの担当者一人しかいないというケースも考えられます。その担当者以外は、ベンダー側でさえシステムの全体像を理解していない。

保守契約が書面ではなく口約束になっていたり、ネットバンキングのパスワードを先代経営者しか知らなかったりすることもあります。

株式上の承継手続きが完了していても、こうしたことが引き継がれていなければ、実際には会社を動かせない可能性があります。

なぜ、ITや業務の承継はこれまで見落とされやすかったのでしょうか?

私自身の仮説ですが、大きな理由は「今は動いているから」だと思っています。

財務であれば毎月数字が出てきます。問題があれば、数字として把握することができます。

一方で、システムは基本的に動いている間は問題として認識されません。止まるまで誰も見ないんです。

だから経営上の優先順位が上がりにくく、実際にシステムが止まってから初めて相談することになる。

さらに、事業承継では後継者が入ってきたタイミングで、「このシステムは古いから変えよう」と考えるケースがあります。気持ちはよく分かりますし、変えること自体が間違っているわけではありません。

ただ、承継直後にすべてを入れ替えてしまうと、現場が混乱する可能性があります。

ITは止まれば、会社そのものが動かなくなる場合があります。

普段は問題なく動いているからこそ見過ごされやすい。しかし、何かが起きた際の影響が非常に大きい。それが事業承継におけるITの難しさだと思います。

Projimoの「事業承継IT診断」では、具体的にどのようなことを行うのでしょうか?

最初に作るのが「先代依存マップ」です。

例えば、「もし明日から社長が会社に来られなくなったら、何が止まるのか」という視点から、重要な項目を整理して一枚のマップにします。

先代依存マップのサンプル。人と知識、システムと記録、名義と権限、数字とお金の4分野について、先代しか分からない項目・一部だけ共有されている項目・引き継ぎ済みの項目を記号で色分けして一覧にしている

それぞれについて、「誰に依存しているのか」「止まった場合に何が困るのか」「どのくらいの期間で影響が出るのか」「どうすれば他の人へ渡せる状態にできるのか」を整理していきます。

単純に経営者へ「属人化していますよ」とお伝えしても、なかなか行動にはつながりません。

しかし、「この業務は、社長がいなくなったらその日から止まります」と可視化すると、自分たちの経営課題として認識しやすくなります。

診断では大きく5つの軸を見ています。

  • 属人性・可視化
  • 名義と権限
  • システムの継続性
  • 数字の見える化
  • 変化への耐性

その中で弱い部分が、その会社にとって事業承継の「詰まり」になる可能性があると考えています。

診断後の選択肢も一つではありません。

まずはシステムを触らず、棚卸しや文書化だけを行う方法があります。一方で、事業承継を機にシステムや仕組みそのものを作り直した方が良い場合もあります。

そして、もう一つ重要だと考えているのが「渡さない」という選択肢です。

すべてをそのまま次世代へ引き継ぐ必要があるとは限りません。場合によっては縮小なども含めて、引き継がない判断をする必要があります。

私たちは何かシステムを売ることを前提に診断しているわけではありません。

「今のままでいい」「システムは変えず、記録だけ残せばいい」と言えることも、中立的な立場で診断する意味だと考えています。

「属人化は怠慢ではなく、その人が会社を背負ってきた証拠」と発信されています。この言葉にはどのような思いがあるのでしょうか?

私たちがまず決めているのは、先代経営者を否定しないということです。

私自身も経営者になって感じますが、会社を立ち上げたばかりの頃は、一人で何でもやらなければならないことがあります。

特に中小企業では、社長が長年さまざまなものを背負って会社を動かしてきたからこそ、その人に業務が集まっていったケースがあると思っています。

つまり、属人化していること自体が、その方が会社を背負ってきた証でもあるんです。

そこでいきなり「属人化していて危険です」「これはダメなので直してください」と伝えてしまえば、経営者は心を閉じてしまうかもしれません。

私たちはそうではなく、「これまで先代が担ってきたものを、次の人へ渡せる形にしていきましょう」とお伝えしたい。

属人化を責めるのではなく、先代が積み上げてきたものをどう残していくかという視点を大切にしています。

先代経営者が残したいものと、後継者が変えたいものがぶつかる場合、どのように考えるべきでしょうか?

会社によって状況は大きく違うため、一つの正解があるわけではありません。

先代としては、自分が続けてきた方法を後継者にも踏襲してほしいという気持ちがあると思います。一方で、後継者は会社に入ったからこそ、「ここを変えたい」と思う部分が出てきます。

先ほどもお話しした通り、システムについては特に後継者が変えたくなりやすい領域です。

もちろん、本当に変えなければならないものもあります。

ただ、システムは財務や法務などとはまた違い、入れ替え方を間違えると会社の業務自体が止まる可能性があります。

だからこそ、まず現在の仕組みを可視化し、変えた場合の影響を見極めることが大切です。そのうえで影響の小さいところから段階的に変えていく。

先代と後継者それぞれが何を残したいのか、何を変えたいのかを丁寧にヒアリングし、会社ごとの状況に合わせて判断する必要があると考えています。

自治体DXや受託開発にも取り組まれています。どのような支援をされているのでしょうか?

現在、地方自治体のDX支援にも携わっています。

国全体として行政のデジタル化が進められていますが、大都市と人口規模の小さな自治体では、抱えている課題も、必要とされるDXのレベルも異なります。

私は人口1万人以下の小規模な自治体への支援にも携わっており、現場の課題を抽出したうえで、その自治体ではどのような形でDXを進めるべきなのかを一緒に考えています。

受託開発については、「こういう業務で困っている」「このようなシステムやAIツールを導入したいが、何を選べばいいのか分からない」といった相談を受け、ヒアリングから要件整理・要件定義、実装、その後の運用方針まで支援しています。

Projimoの強みをどのように捉えていますか?

事業承継という領域に絞ると、大きく三つあると考えています。

一つ目は、私自身が16年間、発注者側にいたことです。

以前の私は、ベンダーから見積もりを出してもらっても、その内容が本当に適正なのかを十分に判断できない立場でした。その経験があるからこそ、現在は「この見積もりは高い」と単純に言うのではなく、「この項目の前提条件が書かれていないので、ここを確認しましょう」といった形で、発注者の視点に立って話ができます。

二つ目は、診断後のシステム開発を前提にしていないことです。

診断した結果、「今のシステムを変えなくても、記録だけ残しておけばいい」という結論になることもあります。

システムベンダーが無料診断を行う場合、どうしてもその先の商品提案につながる構造になりやすいと思います。

私たちは診断自体をサービスとして提供することで、本当に必要な選択肢を提示したいと考えています。

三つ目は、自分たちが専門外の領域へ無理に踏み込まないことです。

株価評価や税務、法務については、それぞれ専門の先生方がいます。私たちはそこには踏み込まず、ITと業務を見る。

だからこそ、税理士や弁護士などの専門家とも協力しながら事業承継を支援できると考えています。

これから事業承継を考える経営者は、ITについて今から何をしておくべきでしょうか?

ITの世界は非常に速いスピードで変化しています。

私がIT業界に入った頃はクラウドが大きなテーマでしたが、現在は生成AIが急速に普及しています。

以前であれば、大手コンサルティング会社へ多額の費用を払って調査してもらうか、システムベンダーに相談するかという選択肢しかなかったような領域でも、現在は生成AIを使うことで、自社でも一定の現状整理や情報収集ができるようになってきました。

もちろん最終的な判断は人間がする必要があります。

ただ、AIなども活用しながら現状把握や判断材料を集めるコストを下げていくことは、今後の経営者や後継者にとって重要になると思っています。

まずは、自社にどのようなシステムがあり、誰が何を管理していて、どこに情報が集まっているのかを把握するところから始めてほしいですね。

今後、Projimoとしてどのような会社を目指していますか?

私たちはまだ設立したばかりの小さな会社です。

ただ、中小企業の事業承継という大きな課題に対して、ITという立場からできることがあると思っています。

後継者がいないことや経済的な問題など、企業が廃業を選ぶ理由はさまざまです。

その中でもし、「システムが分からない」「ITをどう引き継いでいいか分からない」ということが事業を続けるうえでの障壁になっているのであれば、そこは私たちがお手伝いしたい。

税理士や弁護士をはじめとする士業の方々とも協力しながら、一社一社と深く関わり、事業承継につなげていきたいと思っています。

今後も軸としてITを見ることは変わりません。

そのうえで、「買収先を探したい」「後継者を探したい」といった相談があったときにも、専門家と連携しながら適切な方につなげられるような存在になりたいと思っています。

ITだけを相談される会社ではなく、中小企業の経営者にとって、困ったときに相談できる顧問のような存在を目指していきたいですね。

最後に、これから会社を引き継ぐ後継者へメッセージをお願いします。

一番お伝えしたいのは、会社を継いだ直後にシステムを全部入れ替えないでほしいということです。

物事には順番があります。

まず現在の業務やシステムを棚卸しする。そして、「止まったら困るもの」を順番に並べ、「今は触らないもの」を決める。

変えるのは、その後です。

今動いている業務を突然止めてしまえば、現場からするとそれは「変革」や「改革」ではなく、「破壊」と受け取られてしまう可能性があります。

もう一つは、先代が元気なうちに、とにかく聞いてほしいということです。

「なぜ、この仕様になっているのか」「なぜ、この取引先なのか」「なぜ、このやり方なのか」。

契約書を残すだけでは足りません。その判断に至った理由まで残すことが大切です。

先代がいなくなってからでは、その答えは永久に分からなくなってしまう可能性があります。

だからこそ、先代が元気なうちに聞き、会社を動かしてきた「判断」そのものを引き継いでほしいと思っています。

よくある質問

事業承継でITや業務の引き継ぎが見落とされるのはなぜですか
「今は動いているから」です。財務は毎月数字が出るため問題を把握できますが、システムは動いている間は問題として認識されず、止まるまで誰も見ません。そのため経営上の優先順位が上がりにくく、実際に止まってから相談することになります。また、株価や税務には税理士や弁護士といった専門家がいる一方で、ITと業務を誰が見るのかという担当が決まっていないことも理由です。
株式の承継手続きが終われば、会社は引き継げたことになりますか
なりません。値決めの基準が先代経営者の経験則のままだったり、会社のドメインやサーバーの契約が先代の個人名義になっていたり、ネットバンキングのパスワードを先代しか知らなかったりすると、株式上の手続きが完了していても実際には会社を動かせない可能性があります。
事業承継IT診断では何をするのですか
最初に「先代依存マップ」を作ります。「もし明日から社長が会社に来られなくなったら、何が止まるのか」という視点で重要な項目を一枚に整理し、それぞれについて誰に依存しているか、止まると何が困るか、どのくらいの期間で影響が出るか、どうすれば他の人へ渡せるかを整理します。診断では「属人性・可視化」「名義と権限」「システムの継続性」「数字の見える化」「変化への耐性」の5つの軸を見ています。
会社を継いだ後継者が、まずやってはいけないことは何ですか
承継直後にシステムを全部入れ替えることです。西川さんは「物事には順番がある」として、まず現在の業務やシステムを棚卸しし、「止まったら困るもの」を順番に並べ、「今は触らないもの」を決めてから変えることを勧めています。今動いている業務を突然止めると、現場からは「改革」ではなく「破壊」と受け取られる可能性があります。

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