インタビュー

町工場を「まちのエンターテイメント」へ。アトツギたちの文化祭「FactorISM」が生まれた理由|友安製作所

町工場を「まちのエンターテイメント」へ。アトツギたちの文化祭「FactorISM」が生まれた理由|友安製作所

大阪・八尾を中心に、町工場を一般に開放し、ものづくりの魅力を伝える広域オープンファクトリープロジェクト「FactorISM」。その立ち上げに携わったのが、株式会社友安製作所 執行役員の松尾泰貴さんです。行政職員として地域産業に向き合い、現在は民間企業の立場から、町工場やアトツギたちが輝く場をつくり続けています。FactorISM誕生の背景、町工場を開くことで生まれた変化、そしてものづくりの未来について伺いました。

まず、松尾さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

私は大阪の八尾で生まれ育ちました。八尾はものづくりの町で、中小企業や町工場がたくさん集まっている地域です。大学では関西大学でマスコミュニケーションを専攻し、広報やメディア戦略について学んでいました。

もともとまちづくりに興味がありました。大学時代にコミュニティ論やコミュニティデザインに触れたことがきっかけで、まちづくりというフィールドが面白いと感じるようになったんです。その流れで八尾市役所に入りました。

最初は、自分が学んできたメディアや広報の力を使って政策を発信したいと考えていました。実際には、最初の約5年間は秘書業務を担当し、その後、産業政策の部署に8年ほど在籍しました。その間に2年間、経済産業省にも出向しています。

経済産業省にいた時期には、事業承継をテーマにした政策にも関わりました。当時、関西らしいベンチャー支援とは何かを考える中で、アトツギの方々が家業の経営資源を活用し、スタートアップのように成長していく可能性に着目しました。単に会社を引き継ぐだけではなく、事業承継をきっかけに中小企業の経営を次の時代へ舵切りする人たちがいる。そうした人たちも、ベンチャー支援の対象として考えられるのではないかという問題意識がありました。

その後、八尾市に戻ってからは、地域の中小企業にはもっと面白い人たちがたくさんいるのではないかと感じ、中小企業のコンソーシアムや「みせるばやお」の立ち上げなどにも関わりました。

長く行政で地域産業支援に関わられてきた中で、なぜ友安製作所に移られたのでしょうか。

行政では通常、数年ごとに異動があります。私は産業政策に8年ほど関わっていたのですが、そろそろ異動になるタイミングでもありました。ただ、地域の企業さんたちと築いてきた関係性が、異動によって一瞬で途切れてしまうことに違和感があったんです。

最初は起業しようと思っていました。退職金を元手に、自分でまちづくりや地域産業支援の事業を立ち上げようと計画していたんです。その相談に最初に行ったのが、友安製作所でした。

すると、友安製作所の代表から「一人で始めると、やりたいことを実現するまでに10年くらいかかるかもしれない。それなら、うちの会社で新規事業として立ち上げてみないか」と声をかけていただきました。

友安製作所は、もともとネジ屋から始まり、現在はインテリア商品などを扱う会社へと事業を広げてきた会社です。代表自身も三代目であり、アトツギとして会社を変化させてきた方でした。以前から「みせるばやお」の立ち上げなどでも関わりがあり、社長の本気度も感じました。そこで、一緒にやっていこうと決めました。

現在は、友安製作所の中でまちづくりや地方創生、中小企業の成長支援、ブランディングなどを行う新規事業を担当しています。自治体からの相談を受け、地域活性化のプログラムや起業家支援、アトツギ経営者向けの講座などを企画・運営しています。

FactorISMを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

原点には、自分自身が八尾で育った経験があります。子どもの頃は、町工場が身近にありました。工場の音や匂い、職人さんが作業している姿が、日常の中にあったんです。

ところが大人になって行政職員として地域に関わるようになると、町工場が以前ほど見えなくなっていると感じました。背景には、公害や騒音、匂いなどへの規制があります。もちろん環境への配慮は必要ですが、その結果、工場は外から見えにくい存在になっていきました。

「安全第一」の看板が掲げられた鋳造工場の内部。鋳型が整然と並び、職人が作業している

本当は、ものづくりの現場を見れば感動することがたくさんあります。職人さんの手仕事や、機械が動く迫力、自分たちの身近な製品がどう作られているのかを知ることは、すごく面白い体験です。

でも、見えなければ憧れも生まれません。今の若い人たちが自分の知っている仕事や、イメージできる会社に就職しやすいのと同じで、町工場の仕事が見えなければ、ものづくりを仕事にしたいと思う人も増えにくい。

八尾のように、ものづくりが町の税収や産業を支えている地域で、町工場が見えない存在になっているのはおかしいのではないか。そう考えたことが、FactorISMの出発点でした。

FactorISMは、どのような活動なのでしょうか。

FactorISMは、普段は一般の人に開かれていない町工場を、年に数日開放する広域オープンファクトリープロジェクトです。大阪近辺のものづくり企業はBtoBの仕事が多く、普段は一般の方が工場の中に入る機会はほとんどありません。

そこで、工場見学やものづくりワークショップ、トークセッションなどを通じて、工場の想いや職人の技術を伝える場をつくっています。また、地域の自治体と企業が一緒になって取り組むことも大切にしています。単に一社が工場を開くだけではなく、地域全体の町おこしや産業観光につながる取り組みとして進めています。

FactorISMの工場見学で、帽子をかぶった子どもたちに機械の仕組みを説明する参加企業のスタッフ

最初から大きなイベントを目指していたというより、「町に一つの広報部をつくる」という発想がありました。中小企業一社では広報に十分な力を割けないことも多い。だからこそ、町全体で広報部のような役割を持ち、みんなで自分たちの価値を発信する練習をしていこうという考え方です。

2020年にイベントとして本格的に始まり、現在では工場見学やワークショップに加えて、商業施設や駅、電車、万博関連の場など、さまざまな場所で町工場の魅力を伝える活動も広がっています。最終的には、こうした周知活動を通じて、実際に自分たちの町工場へ足を運んでもらうことを目指しています。

「こうばはまちのエンターテイメント」というコンセプトは、どのように生まれたのでしょうか。

最初に企業の方々を巻き込む時には、どんな世界観をつくりたいのかを伝えることから始めました。当時、大阪・関西万博の話も出始めていた時期で、「万博のパビリオンが町工場だったら面白くないですか」という話をしていました。

町工場が、まちのエンターテイメントに変わる瞬間をつくりたい。工場の中で起きていることは、外から見ればとても面白いし、驚きがある。そこを開いていくことで、町工場自体が地域の魅力になるのではないかと思いました。

溶けた金属を鋳型へ注ぐ注湯の作業。炎と煙が立ちのぼる町工場の現場

最初は5社ほどの企業さんに企画を持ち込みました。10ページほどの資料を作り、「予算はないけれど、みんなで獲得していきましょう」と話しました。そこから、各地域の中小企業担当者や、協力してくれそうな会社に声をかけて、一社ずつ巻き込んでいきました。

ただ、最初はやはり「それをやって何になるのか」と言われることもありました。町工場の方々にとっては、目の前の売上や利益が重要です。すぐに成果が見えにくい活動に参加するのは、簡単ではありません。

だからこそ、いきなり大きなオープンファクトリーを始めるのではなく、まずは小さなものづくり体験から始めました。関西大学の梅田キャンパスで「ものづくり体験キャンプ」を行い、2018年には「みせるばやお」という、ものづくり体験ができる施設や組織をつくりました。

子どもたちや地域の人たちがものづくりに触れた時に生まれる変化を、企業の方々にも実感してもらう。その共通体験があったからこそ、2020年に「今度はあなたの町工場が主役になる」という文脈をつくることができたのだと思います。

「アトツギたちの文化祭」という言葉には、どのような想いが込められているのでしょうか。

社会的意義のある活動は、どうしても「しんどいもの」や「ボランティア」のように見えてしまうことがあります。そうなると、続けるのが難しくなってしまう。だからこそ、自分たち自身が楽しいと思えること、自分ごととして関われることが大事だと思いました。

私自身、高校時代に文化祭をきっかけに学校生活が面白くなった経験があります。学校が用意した文化祭ではなく、自分たちで盛り上げる文化祭にした瞬間、主語が変わったんです。その感覚を、FactorISMにも重ねました。

FactorISMのロゴが入った提灯が並ぶ会場で開かれたトークセッション

地域のアトツギたちが、自分たちの町工場やものづくりを、自分たちの手で面白くしていく。文化祭のように自由に、楽しく、主体的に関わっていく。そういう意味を込めています。

もう一つ、八尾の町工場の数が減っているという危機感もありました。かつては約5,500社あった町工場が、統計を見ると約3,000社まで減っていました。20年ほどで2,500社が消えている。このままさらに20年が経てば、町工場という存在自体が地域から見えなくなってしまうかもしれない。

だからこそ、地域のルーツや文脈を「後に継いでいく」人たちが必要です。後継ぎの人たち、そしてその後についていく人たちが、地域でものづくりを続ける意味を継承していく。そんな想いを込めて、「アトツギたちの文化祭」という言葉にしました。

FactorISMという名前には、どのような意味があるのでしょうか。

FactorISMは、「Factory」と「ISM」、そして「Tourism」のような広がりを意識した言葉です。

町工場の経営者の方々は、最初は「うちには何もない」「面白いものなんて作っていない」と言うことが多いんです。でも、実際に工場見学をさせてもらうと、社長さんが目を輝かせながら、「実はこれは、あの製品の部品なんです」「世界的な企業の部品も作っているんです」と話してくれることがあります。

身近な町工場が、実は世界を支えている。その事実をもっと知ってもらった方がいいと思いました。

「ISM」には、主義や主張という意味があります。町工場には、それぞれの想いや誇りがあります。何のためにものづくりをしているのか、どんな社会を支えているのか。その想いを体験として伝えていく取り組みにしたかったんです。

また、自治体の枠を越えたムーブメントにしたいという想いもありました。「何市だから参加できない」というものではなく、オープンファクトリーのムーブメントの一つとして広がっていく名前にしたかった。そうした意図もあり、FactorISMという名前にしました。

FactorISMを通じて、参加企業や職人、地域の人たちにどのような変化が生まれましたか。

分かりやすい変化の一つは、工場がきれいになっていくことです。お客様を招き入れるとなると、やはり工場をきれいにしようという意識が生まれます。上から言われても進まなかった改善活動が、工場見学をきっかけに進むこともありました。

もう一つ印象的だったのは、子どもたちの変化です。1年目にお父さんと来てくれた小学2年生の子が、翌年は妹を連れてきて、3年目には家族全員で奈良から来てくれるようになったことがありました。ものづくりの体験が、その家族にとって毎年楽しみにするものになっていったんです。

さらに、就職活動にも変化が出ています。大学生が町工場に入りたいと言ってくれるケースが出てきました。ある学生は、就職活動で受けている会社がすべてFactorISMの参加企業だったんです。結果的に別の参加企業に就職したのですが、町工場や地域企業が若い世代の選択肢になっていることは、大きな変化だと感じています。

今の学生は、単に売上を上げる会社だけではなく、社会的な意義のある活動をしている会社に関心を持つ人が増えています。FactorISMに参加している企業は、地域とのつながりをつくり、自治体とも関係を築き、メディアにも取り上げられることがあります。そうした活動を通じて、会社の社会的な存在意義が見えやすくなっているのだと思います。

ものづくり企業の後継者不足や技術承継について、FactorISMを通じてどのような可能性を感じていますか。

今のものづくりには、少し落ち着きすぎてしまっている部分があると感じています。与えられた図面通りに、寸分狂いなく作ることはもちろん重要です。ただ、それだけになると、ものづくりの面白さや創造性が見えにくくなってしまう。

本来のものづくりは、もっと面白かったはずです。世の中にないものを作る。誰かが困っているから、自分たちが機械を作る。昔の町工場には、そうした創意工夫のマインドがあったと思います。

刃物の柄が種類ごとに納められた木製の引き出しから、部品を取り出す職人

だからこそ、私は「ものづくりの創造性を解放する」ことが必要だと考えています。自分たちで企画し、自分たちで発信し、自分たちで新しい商品やサービスをつくっていく。最終的には売れた方がもちろんいいですが、たとえすぐに売れなかったとしても、創意工夫して挑戦した経験は次に活きます。

大阪のものづくりも、時代ごとに変化してきました。かつて繊維の町だった地域が、鉄の線材や金属加工へと展開していったように、ものづくりは常に変化しながら続いてきました。その根底にあるのは、創意工夫だと思います。

FactorISMでは、参加企業が新しい企画や表現に挑戦する機会をつくっています。そうした挑戦の土壌がなければ、ものづくりは次世代に継承されにくい。だからこそ、町工場が自分たちの可能性を試せる場をつくり続けたいと考えています。

FactorISMではオンライン工場見学も行われていたと伺いました。どのような取り組みだったのでしょうか。

オンライン工場見学は、コロナ禍で生まれた苦肉の策でした。開催の1週間ほど前に、大阪府独自の医療逼迫に関する対応が出て、通常通りのイベント開催が難しくなりました。

ただ、そこで中止にするのではなく、どうすればできるかをみんなで考えました。内容をよく読むと、ビジネスとしての来訪は続けられる一方、一般の方の不要不急の外出は控える必要がありました。そこで、金曜日はビジネス向けに受け入れ、土日は一般の方向けにオンラインで工場見学を行うことにしたんです。

当時は35社すべての配信を土日に行いました。八尾の会社から中継した後、次は堺、次は門真へとつなぐ。その間にスタッフが次の工場へ移動する。誰もやったことのない中継を、みんなでなんとか実現しました。

結果的に、この取り組みはメディアにも多く取り上げられました。多くのイベントが中止になる中で、「コロナにも負けない町工場の取り組み」として発信できたことは、FactorISMにとっても大きな経験になりました。

今後、FactorISMや松尾さんご自身として挑戦していきたいことを教えてください。

これからも「ものづくりの創造性を解放する」というテーマは大切にしていきたいです。

FactorISMのロゴには、五感を表す要素が込められています。音、匂い、見ること、触れることなど、五感を通じてものづくりを伝えようという考え方です。これまでにも、VR工場見学や、町工場の機械音をアーティストと一緒にアーカイブしてASMRとして発信する取り組み、ファッションブランドとのコラボレーションなど、さまざまな挑戦をしてきました。

最近では、海外とのつながりも増えています。万博をきっかけに、大使館経由で町工場ツアーの相談を受けたり、海外の大学生を受け入れたりする機会も出てきました。今後は逆に、町工場のプロダクトを海外に持っていく取り組みも進めています。

普段通りにやっているだけでは、普段の製造で終わってしまいます。だからこそ、少し意味の分からないようなプロジェクトを考え、町工場を外へ連れていく。外部からの刺激や変化を受けることで、町工場自体が少しずつ変わっていく。

FactorISMを通じて、町工場が閉じた場所ではなく、地域や社会、そして世界とつながる場所になっていく。そんな未来をつくっていきたいです。

松尾 泰貴のプロフィール写真
プロフィール

松尾 泰貴 Matsuo Yasutaka

友安製作所 執行役員

ものづくりの町・大阪府八尾市に生まれ育つ。関西大学でマスコミュニケーションを専攻し、まちづくりへの関心から八尾市役所へ入庁。秘書業務を経て産業政策の部署に約8年在籍し、その間に経済産業省へ2年間出向して事業承継やアトツギ支援の政策に携わった。八尾市に戻ってからは、中小企業のコンソーシアムやものづくり体験施設「みせるばやお」の立ち上げに関わる。現在は株式会社友安製作所の執行役員として、まちづくり・地方創生・中小企業の成長支援・ブランディングなどの新規事業を担当。広域オープンファクトリー「FactorISM」の立ち上げに携わり、町工場やアトツギが主役になる場をつくり続けている。

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