「事業承継ゲーム」でコミュニケーションの壁を越える。事業承継士が開発した“体験型”支援ツール|事業承継ゲーム協会
事業承継というテーマにおいて、最も難解で、かつ多くの企業を悩ませているのが「非上場株式」の扱いや「株主間の利害調整」といった問題です。経営権を誰が握るのか、株の価値をどう評価するのか。親族内であっても、あるいは従業員や社外の人間が絡めばなおさら、そこには複雑な感情と厳しい法律のルールが交錯します。
今回インタビューにお答えいただいたのは、「事業承継ゲーム協会」の代表理事を務める玉林直人氏です。
京都府に生まれ、現在は神戸市に在住する玉林氏。大学卒業後に教育関係の会社で経験を積んだ後、祖父が創業した歴史ある企業に入社し、3代目経営者として15年にわたり会社の舵取りを行ってきました。しかし、その事業承継の現場で「株主間の利害調整」という壁に直面し、事業承継の難しさと理不尽さを身をもって経験することになります。
血を分けた家族や役員たちが株を取り合い、感情がもつれ、理不尽な運命に翻弄される。玉林氏の実体験が反映された「事業承継ゲーム」とは一体どのようなものなのか。そして、このゲームを通じて、見えにくい事業承継の課題をどう可視化しようとしているのか。
ゲーム開発の裏側にあるドラマと、士業やコンサルタントに向けた新しい支援の形についてたっぷりと伺いました。
玉林様のご経歴からお伺いしたいのですが、もともとはご実家の会社を経営されていたのですよね。
私のキャリアのスタートは、大学卒業後に東京の教育関係の会社に勤務したことでした。そこでビジネスの基礎や、組織としての働き方を学ばせていただきました。
その後、親が会社を経営していたこともあり、いずれは家業を継ぐという意識の中で、地元である京都府に戻ることになりました。私はそこの「3代目」として親の会社に入社し、後に代表取締役を15年ほど務めさせていただきました。
15年間も代表を務められていたのですね。そこからなぜ、ゲームの開発に至ったのでしょうか?
端的に言うと、私自身が「事業承継の難しさ」や「株主間の利害調整」という問題の当事者となり、結果として自らが率いてきた会社を去ることになったからです。
会社を経営していく中で、親族間での経営に対する考え方の違いや、非上場株式の取り扱い、そして少数株主問題といった、事業承継にまつわる非常に重い課題に直面しました。私の中には「さすがに親族なのだから、話し合えばなんとかなるだろう」という、ある種の根拠のない信用のようなものがありました。しかし、いざ利害が対立した時に突きつけられたのは、「会社法」というルールの恐ろしさと、議決権が持つ強烈な力でした。
関係性が親族であろうが何であろうが、会社法というルールの中では、株式の保有比率がすべてを決定づけます。その厳しさを身をもって知る、非常に苦い経験でした。最終的には、私が持っていた株を会社に売却して経営から退くという形で、2018年の6月に会社を去ることになりました。
会社を離れた後、私は事業承継というものが抱える理不尽さや、非上場株式の恐ろしさについてずっと考えを巡らせていました。そして、自分の中に溜まった思いや葛藤を、とにかく世の中に発信したいと考え、ブログに書き綴っていたんです。
しかし、そのブログを親族が見つけてしまい、「削除しろ」という話になりまして。裁判沙汰にまではなりませんでしたが、結局ブログはすべて閉鎖することになりました。
ただ、そのブログを読んでいたある出版社の方から、「この内容を本にして出しませんか?」というお話をいただいたんです。ようやく自分の思いを形にできると喜んだのですが、よくよく話を聞いてみると、それは「自費出版」でした。「本を出すなら、自分で3,000部買い取ってください」と言われ、「それは話が違うじゃないか」と出版は諦めました。
出版がダメになって、次はどうされたのですか?
次に思いついたのが「映画化」です。知り合いの映画監督のところへ行き、「このリアルな事業承継の体験を映画にしたいんです」と相談しました。すると監督から「玉林さん、映画を作るのって最低でも5,000万円はかかるんですよ。」と言われてしまい、映画も諦めざるを得ませんでした。
ブログもダメ、本もダメ、映画もダメ。それでもこの強烈な教訓を何かの形で世の中に伝えたい、同じように苦しむ経営者を減らしたいとずっと考えていた時に、「あ、事業承継ってゲームになるな」と閃いたのです。
そこからゲーム開発がスタートしたのですね。もともとボードゲームなどはお好きだったのですか?
いえ、子どもの頃からアナログゲームやデジタルゲームが特別好きだったわけではありません。「人生ゲーム」や「モノポリー」、「カタン」といった有名なゲームで遊ぶくらいで、ゲームに詳しいわけではないんです。
「こういうシチュエーションのゲームを作りたい」という頭の中のイメージはあっても、作り方が全く分からない。そこで色々なゲームメーカーに電話をして開発の相談をしたのですが、上手くいかず…「もうこれは自分で作るしかない」と腹をくくりました。
そこで、プロのゲームデザイナーの方にアドバイザーとして入ってもらい、ゲームの仕組みや作り方を一から学びました。
完成までにはどれくらいの期間がかかりましたか?
着想から現在まで、約2年かかりました。ゲームの制作自体は私一人で行っています。一回作ってはテストプレイをし、問題点を洗い出し、また一から組み立ててテストプレイをする。これを何十回も繰り返しました。
テストプレイをすると、参加者から「こんなゲームしょうもない」とか「あなたの思想に偏りすぎている」など、厳しい批判を受けることもあります。その度に傷つきましたが、めげずに「壊しては組み立てる」を繰り返し、ようやく今の形にたどり着きました。
現在は「事業承継ゲーム協会」の代表理事としてご活動されていますが、ゲームの開発元は別の会社になっているとお聞きしました。
はい。実は組織が2本立てになっています。ゲームそのものを制作しているメーカーが、「株式会社エグボマネジメントサービス(egbo)」という私の会社です。そして、そのエグボマネジメントサービスからゲームを仕入れ、企画・運営や社会への啓蒙活動を行っているのが、一般社団法人である「事業承継ゲーム協会」という座組みです。
私個人としては、ゲーム協会の活動だけでなく、エグボマネジメントサービスとしても、非上場株式や少数株主問題といった課題解決をテーマにしたコンサルティングやセミナー登壇などを行っています。
「エグボ(egbo)」という社名やドメインには、どのような意味が込められているのでしょうか?
由来は、「Everything’s gonna be okay」の頭文字を取ったものです。「全部うまくいくから心配するなよ」という意味を込めています。事業承継という不安で困難なプロセスに立ち向かう経営者や後継者の方々に、「私たちがついているから、全部うまくいきますよ。心配しないでください」というメッセージを伝えたくて名付けました。
現在リリースされているゲームは、どのような内容なのでしょうか。
ゲームは「事業承継」のプロセス全体を体験できるよう、3部作のストーリーで構成しています。第1弾が現在展開している「後継者はだれだ!?」。これは親族内承継、親族外承継、あるいはM&Aなど、どのような形で会社を引き継ぐかを問いかけるゲームです。第2弾が「買い手はだれだ!?」というM&Aのステージ(現在リリース準備中)、そして最終の第3弾がオーナーはだれだ!?株式公開ステージ(現在リリース準備中)となります。
第1弾の「後継者はだれだ!?」について、詳しく教えてください。
このゲームは、1テーブル4人でプレイします。プレイヤーはキャラクターになりきり、発行済み株式である「1000株」を取り合うというシチュエーションです。
現実の事業承継ではいきなり4人で株を取り合うようなことはあり得ないかもしれませんが、あえて極端なシチュエーションを設定することで、「こういう視点もあるんだな」「非上場株式の仕組みってこうなっているんだ」ということを、プレイヤー自身が擬似体験しながら感じ取れるように設計しています。
単に株式のルールを学ぶだけでなく、感情面(ソフト面)のリアルさも組み込まれていると伺いました。
そこがこのゲームの肝です。ゲームの中で株を取得した後、「その株を持ち続けて会社を維持するのが自分の価値なのか」、それとも「その株を売却してキャッシュ(現金)に変えるのが価値なのか」を問いかけるフェーズを用意しています。
現実の非上場企業において、「同族(経営一族)」と「非同族」とでは、持っている株の価値(意味合い)が全く違いますよね。ゲーム内でも、非同族のキャラクターが同族に対して「株を買い取れ」と迫り、キャッシュを得ようとする場面が発生します。こうしたやり取りを通じて、事業承継の現場で起こり得る「感情のもつれ」や「利害の対立」をリアルに体験してもらうのです。
さらに、ゲームの終盤には「運命フェーズ」というものがあるそうですね。
はい。株を集約して過半数を取り、ようやく支配権を握った!と思った矢先にやってくるのが「運命フェーズ」です。
ここでは、「突然、癌になってしまった」「持っていた株を金庫株(自己株式)にしなければならなくなった」「少数株主から『純資産価格で株を買い取れ』と要求された」といったハプニングが発生します。これらは、私が実際の事業承継の現場で見聞きした、あるいは私自身が体験した「あり得なさそうであり得る事例」をそのままゲームに落とし込んだものです。キャラクターのイラストボードなどもプロのデザイナーに発注し、ガバナンスやイベントカードもしっかりと作り込んでいます。
このゲームを通じて、参加者には「当事者の気持ち」に立って、事業承継の恐ろしさと重要性を肌で感じていただきたいですね。
このゲームは、経営者や後継者だけでなく、士業などの「支援者」の方々にこそ活用してほしいという思いがあるとお聞きしました。
その通りです。私たち「事業承継ゲーム協会」は、大阪で活動するメンバーを中心に構成されているのですが、事業承継士の資格を持つ多くの専門家が共通して抱えている悩みがあります。それは、「事業承継を中心にして、なかなか仕事に結びつかない」ということです。
なぜ仕事に結びつかないのか?それは、事業承継という言葉の「間口が広すぎる」からです。経営者からすれば、「あなたは事業承継の専門家だと言うけれど、M&Aの仲介をしてくれるの?税理士なの?それともコンサルタントなの?結局、何をしてくれる人なの?」と、焦点がボヤけてしまうんです。さらに、事業承継という概念自体がモヤモヤしていて形がないため、言葉だけで説明するのは非常に困難です。
そこで、形のある「ゲーム」が突破口になるわけですね。
はい。「見て、触って、分かりやすく学べるツール」があれば、専門家は圧倒的に経営者に伝えやすくなります。事業承継ゲームを、士業やコンサルタントの方々の強力な「営業ツール」「ドアノックツール」として活用していただきたいのです。
体験会を通じて、経営者や後継者候補に「事業承継のリアリティ」を肌で感じてもらい、そこから具体的な個別相談へと繋げていくという導線を作ることができます。
今後の協会の展開や、目標について教えてください。
現在は関西圏を中心に、無料の体験会を随時開催しています。遠方からの引き合いもいただいていますが、まずは足元をしっかりと固めていきたいと考えています。
私たちの目標は、このゲームをただ販売することではありません。支援者の方々に「ファシリテーター」になっていただくことです。これからどんどん会員(ファシリテーター)を増やし、会員の皆さんと一緒にファシリテーションのスキルを学び合いながら、現場の声を反映してゲームをさらに改良していく。そうやって、みんなで一緒にこのツールを育て、新しい事業承継支援の形を作っていきたいと強く願っています。
事業承継という未知の領域に挑む専門家の皆様には、ぜひこのゲームを体験していただき、ご自身の支援の現場で活用していただきたいですね。事業承継ゲーム協会のメンバー自身も、それぞれが別の本業を持ちながら、Zoom等でアドバイザーとして協力し合って進めています。一人で悩むのではなく、支援者同士も繋がりながら、日本の中小企業の未来を支えていければと思っています。
玉林 直人
京都府生まれ、神戸市在住。大学卒業後、教育関係の会社に勤務し、ビジネスの基礎を学ぶ。その後、祖父が創業したメーカーに入社し、3代目経営者として15年にわたり代表を務める。しかし、事業承継の現場で経営課題や株主間の利害調整に直面し、会社を去ることになる。自身が経験した「非上場株式や少数株主問題」の理不尽さと事業承継の難しさを伝えるべく、2018年に株式会社エグボマネジメントサービスを設立。約2年の歳月をかけて「事業承継ゲーム」を一人で開発する。現在はゲームメーカーとしての活動に加え、一般社団法人事業承継ゲーム協会の代表理事として、全国の士業・コンサルタントに向けた「認定ファシリテーター」の育成や、企業研修・大学教育の場でのゲーム体験会の普及に尽力している。
