インタビュー

創業56年、電設資材の卸売で地域インフラを支える3代目|雷光産業

創業56年、電設資材の卸売で地域インフラを支える3代目|雷光産業

1970年創業、電設資材の卸売を通じて地域の建設・電気工事を支えてきた雷光産業株式会社。祖父が立ち上げた会社は、突然の死をきっかけに父へと受け継がれ、現在は3代目として細島佑介氏が事業に関わっている。戦前のラジオ販売から続く家業の歴史と、地域インフラを支える企業としての使命、そして3代目として描く未来について話を伺った。

まずは自己紹介と、会社の事業内容について教えてください。

細島佑介と申します。1992年12月18日生まれで、現在は雷光産業株式会社で専務取締役を務めています。会社は祖父が創業した会社で、現在は父が代表取締役、私が3代目として経営に関わっている形になります。

当社の主な事業は、電設資材の卸売です。電設資材というのは、住宅や施設などの電気設備に関わる資材のことで、具体的には照明器具、エアコン、スイッチ、コンセント、配線機器など、建物に電気を通すために必要な部材を扱っています。普段の生活の中ではあまり意識されない分野かもしれませんが、住宅や建物には必ず電気設備が必要ですので、実は社会にとって欠かせない分野でもあります。

私たちの主な取引先は電気工事会社です。メーカーから電設資材を仕入れ、それを電気工事会社へ販売することで、メーカーと施工現場の橋渡しの役割を担っています。住宅の新築工事から施設の設備工事まで、電気工事の現場には必ず電設資材が必要になりますので、現場に必要な商品を適切なタイミングで届けることが私たちの仕事です。

扱う商品は非常に幅広く、照明器具や配線部材などを含めると何万点にも及びます。こうした資材の流通を支えることで、結果として地域の住宅や施設のインフラを支えることにつながっていると感じています。普段は目立つ仕事ではありませんが、社会の基盤を支える役割を担っているという意味では、やりがいのある仕事だと思っています。

会社の歴史について教えてください。

雷光産業株式会社は1970年に祖父が創業し、現在55期目になります。創業当時は祖父と祖母、そして数名の従業員で始まった小さな会社だったと聞いています。電設資材の卸売という業態は今と大きく変わっておらず、地域の電気工事会社や商業施設に資材を届ける仕事を続けてきました。

私が10歳の頃、祖父が大動脈解離で突然亡くなりました。朝はいつも通り会社へ出勤していたのですが、その日の午前中に倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまったそうです。家族にとっても会社にとっても本当に突然の出来事でした。

当時、父はすでに会社で働いていたため、その後を継ぐ形で代表取締役に就任しました。祖父が築いてきた会社を守るため、父が中心となって会社を運営していくことになります。私はまだ子どもでしたが、家族の中で会社という存在が大きな意味を持っていることをその頃から感じていたように思います。

会社の規模としては、創業当時から大きく拡大してきたわけではありません。従業員が多いときでも6人ほど、現在は4人という少数精鋭の体制で会社を運営しています。ただ、小さい会社だからこそ取引先との距離も近く、長年のお付き合いの中で信頼関係を築いてきました。そうした関係性が、55年間会社を続けてこられた理由の一つだと思っています。

雷光産業という社名の由来について教えてください。

 社名の「雷光産業」は、祖父の想いと地域の背景が重なって生まれた名前です。祖父はもともと神社に参拝することを大切にしている人で、会社から一番近い氏神様の「雷神社」によく足を運んでいました。そこで、その神社から一文字「雷」という字をいただく形で社名に取り入れたそうです。

もう一つの「光」という字には、祖父の名前の中にある文字をもとにして、「雷」と組み合わせて「雷光」という社名が生まれました。

また、会社のある栃木県宇都宮市は、夏になると雷が多い地域としても知られています。夕方になると積乱雲が広がり、激しい雷雨が起きることも珍しくありません。そのため「雷の町」と呼ばれることもあり、名刺交換をすると「宇都宮だから雷なんですね」と言われることもあります。ただ実際には、地域性というよりも、祖父が大切にしていた神社の名前から取ったというのが本当の由来です。祖父の信仰心と地域への想いが重なった、象徴的な社名だと思っています。

創業の背景や、さらに前の歴史についても教えてください。

実は会社のルーツはさらに古く、戦前まで遡ります。祖父の世代よりも前の時代には「細島ラジオ」というラジオ販売店を営んでいたと聞いています。まだテレビが普及していない時代で、ラジオが家庭にとって重要な情報源だった頃です。そうした背景から、もともと「電気」に関わる事業を家業として続けてきた歴史があります。

その後、戦争の影響で事業の形が変わり、疎開先で新たに電設資材の卸売業を始めることになりました。戦後の復興期には住宅や建物の建設が進み、それに伴って電気設備の需要も高まっていきました。そうした時代の流れの中で、祖父が中心となって電設資材の卸売業を本格的に始めたのが現在の会社の始まりです。

当時は祖父を含めて三人兄弟で事業を始めたと聞いています。ただ、その後いろいろな事情があり、最終的には祖父が中心となって会社を運営する形になりました。そこから祖父が会社を大きくし、父がそれを引き継ぎ、そして現在は私が3代目として関わっています。

こうして振り返ると、ラジオ販売から電設資材の卸売へと形は変わってきましたが、「電気に関わる仕事を続けてきた家業」という点では一貫しているのかなと思います。

事業の中で、新しい取り組みなどはあったのでしょうか。

父が代表になった際、一度EC事業に挑戦したことがあります。電設資材をオンラインで販売する取り組みです。インターネットが広がり始めた頃で、業界としてもEC化の可能性を模索する時期だったのだと思います。

ただ、この業界は商品点数が非常に多いという特徴があります。例えばスイッチ一つをとっても種類が多く、メーカーごとに型番も違います。照明器具や配線部材などを含めると、扱う商品は何万点にも及びます。さらにメーカーは毎年のように新製品を出すため、商品情報の更新や在庫管理も大変です。

ECで販売するとなると、商品登録、在庫管理、梱包、発送など多くの作業が必要になります。その結果、かかるコストに対して利益が見合わないという判断になり、最終的にはEC事業から撤退することになりました。

ただ、この経験は決して無駄ではなかったと思います。新しいことに挑戦してみたからこそ、改めて自分たちの強みが見えました。私たちの強みは、大量の商品をただ販売することではなく、地域の電気工事会社との信頼関係の中で、現場に必要な資材を適切なタイミングで届けることです。そうした本業の価値を再認識するきっかけになりました。

細島さんご自身は、どのような経緯で家業に入られたのでしょうか。

正直に言うと、最初から家業を継ぐことを強く意識していたわけではありませんでした。祖父が亡くなったときは10歳でしたし、その後は父が会社を守りながら経営してきました。

ただ、家業として会社の存在は常に身近にありました。地域の電気工事会社と長く取引を続けてきた会社であり、住宅や施設の電気設備を支える仕事でもあります。そうした仕事の重要性は、年齢を重ねるにつれて理解するようになりました。

実際に仕事に関わるようになってからは、電設資材の流通が社会の基盤を支えていることを改めて実感しました。住宅、工場、施設、どんな建物にも電気設備は必要です。その設備を支える資材を供給する仕事は、決して派手ではありませんが、社会にとって必要不可欠な役割だと思います。

祖父が築き、父が守ってきた会社を、これからの時代に合わせてどう発展させていくか。その責任を感じながら、3代目として関わっていきたいと思っています。

3代目として、これからどのような会社にしていきたいと考えていますか。

私たちは大企業ではありませんし、急激に規模を拡大することを目標にしているわけでもありません。ただ、地域の電気工事会社にとって「必要な存在」であり続けることが一番大切だと思っています。

55年間会社が続いてきた背景には、長年の取引先との信頼関係があります。電設資材の卸売という仕事は、単に商品を販売するだけではなく、現場に必要なものを必要なタイミングで届けることが求められます。工事のスケジュールに合わせて資材を手配するなど、現場と密接に関わる仕事でもあります。

そうした役割を大切にしながら、これからも地域のインフラを支える会社であり続けたいと思っています。また、時代の変化に合わせて会社のあり方を考えていくことも必要です。祖父の時代はラジオ販売、戦後は電設資材の卸売と、時代に応じて事業の形は変化してきました。

その歴史を引き継ぎながら、次の世代へと会社をつないでいくことが、3代目としての私の役割だと思っています。

最後に、これから事業を引き継ぐアトツギの方へメッセージをお願いします。

多くのアトツギの方は、親が経営している会社に入って事業承継をするという形になると思います。そうなると、当然ですが家族と一緒に働くことになります。正直に言うと、それは決して簡単なことではありません。親子だからこそ意見がぶつかることもありますし、「話が通じないな」と感じることもあります。私自身も、今でもそう感じることはあります。

ただ、そういう時に「もういいや」と諦めてしまうのは簡単です。でも、そこで一度立ち止まって、「なぜ自分はこの会社を続けていきたいのか」という原点に立ち返ることが大切だと思います。

私の場合は、この会社を「100年続く会社にしたい」という想いがあります。祖父と祖母が創業してくれたからこそ今の会社があり、その祖父が突然亡くなったあと、父が会社を守り続けてきました。苦しい時期もあったと思いますが、それでも会社を続けてきた父の姿は本当に尊敬しています。

だからこそ、自分の代で終わらせるのではなく、次の世代へつないでいきたい。その想いがあるからこそ、多少の衝突があっても続けていこうと思えるのだと思います。アトツギの方も大変なことは多いと思いますが、自分の原点やビジョンを大切にしながら取り組んでいくことが大事なのではないかと思います。

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プロフィール

細島 佑介

雷光産業株式会社 専務取締役

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