インタビュー

60年続く老舗餃子店の味を未来へ。広島の食文化を守る事業承継|井辻ホールディングス

60年続く老舗餃子店の味を未来へ。広島の食文化を守る事業承継|井辻ホールディングス

1947年創業、餃子の皮や春巻きの皮の製造を原点に、外食事業まで幅広く展開してきた井辻ホールディングス。三代目として家業を継いだ井辻龍介さんは、「餃子を広島の新しい食文化にしたい」という想いのもと、餃子家龍をはじめとする飲食事業を展開してきました。そんな同社が今回承継したのが、広島・流川で60年以上愛されてきた老舗「流川餃子センター」。味、レシピ、店の空気感を守りながら、次世代へとつないでいく事業承継の背景について伺いました。

井辻ホールディングスの事業内容について教えてください。

井辻ホールディングスの母体は、1947年に創業した井辻食産株式会社です。もともとは製麺業から始まり、現在は餃子の皮を中心とした食品メーカーとして事業を展開しています。

創業者である祖父の代から外食事業にも関わっており、広島でラーメン店を15店舗ほど展開していた時期もありました。二代目である父の代では、イタリアン、自然食バイキング、中華料理など、さまざまな飲食業態に挑戦してきました。

井辻食産の製麺の様子

私自身は三代目として会社に入り、これまで井辻ホールディングスにはなかった餃子を中心とした業態に取り組みたいと考え、約15年前に「餃子家 龍」の1号店を出店しました。その後、5年前にホールディングス化を行い、現在は井辻ホールディングスのもとに、餃子の皮などを製造する井辻食産、外食事業を担う井辻フードアンド、そしてベトナム法人などを展開しています。

代々受け継がれてきた価値観はありますか。

一番大きいのは、「社員や従業員のために」という考え方です。

新しい事業に取り組む時も、その事業によって社員が成長できるか、楽しめるか、輝けるかということを大切にしています。事業を広げること自体が目的なのではなく、そこで働く人たちが成長し、幸せになれるかどうかが判断基準になっています。

外食事業においても、ただ店舗を増やすのではなく、広島という地域を大切にし、地元の食材や文化を活かしたメニューづくりを意識してきました。餃子に関しては、餃子の皮のメーカーがつくる餃子店だからこそのこだわりがあります。皮づくりから関わってきた会社だからこそ、餃子そのものに対する想いは強いです。

井辻さんご自身は、どのような経緯で家業を継がれたのでしょうか。

もともと父からは「継がなくていい」と言われて育ちました。私自身も、高校生や大学生の頃までは家業を継ぐつもりはまったくありませんでした。

転機になったのは、大学3年生の頃です。京都の大学に通っていた時、出張で京都に来ていた父と食事をする機会がありました。その時に連れて行ってもらったのがホテルの中にある高級寿司店で、大学生の自分にとっては初めての経験でした。

そんな父親の働く姿を見て、改めてかっこいいと感じました。その後、帰省した時に母へ「家を継ごうと思う」と伝えると、母がとても嬉しそうな顔をしました。その表情が忘れられず、家業を継ぐ決意が固まりました。

大学卒業後は、父の勧めで1年間アメリカへ留学しました。その後、父が尊敬していた経営者のもとで修業するため、熊本と長崎でそれぞれ1年半ずつ働き、26歳で井辻ホールディングスに入りました。そして30歳で社長に就任しました。

30歳で社長に就任されて、大変だったことはありますか。

毎日がピンチでした。

親から子へ代が変わるということは、会社の中のいろいろなことが変わるということでもあります。祖父や父についてきた社員が退職していくこともありましたし、長く会社を支えてきた方々との関係づくりにも苦労しました。

当時の自分は、仕事が特別できるわけでも、能力があるわけでもありませんでした。創業家の血縁だから社長になったという見られ方もあったと思います。だからこそ、自分にできることは誰よりも働くことだと思いました。

朝は誰よりも早く会社に行く。誰よりも働く。その積み重ねで、少しずつ社内の信頼をつくっていきました。

流川餃子センターを承継することになった経緯を教えてください。

流川餃子センターは、広島で60年以上続いてきた老舗の餃子店です。広島には昔から続く老舗餃子店がいくつかありますが、その中でも流川餃子センターは象徴的なお店の一つでした。

最初は、物件紹介という形で話をいただきました。「餃子といえば井辻ホールディングスなので、自社ブランドで出店しませんか」という提案でした。

ただ、その話を聞いた時に、私たちが新しい店を出すよりも、流川餃子センターそのものを引き継いだ方がいいのではないかと思いました。広島の餃子文化を長年つくってきたお店であり、ネギをかけて食べる広島餃子の文化を象徴する存在でもあります。

私は以前から「餃子を広島の新しい食文化にしたい」という想いで活動してきました。広島にはお好み焼きや牡蠣など、全国的に知られる食文化があります。そこに餃子も加えていきたい。その想いがある中で、流川餃子センターのような老舗がなくなってしまうことは、大切な宝物を失うような感覚でした。

だからこそ、「これは引き継がないといけない」と思いました。

承継した流川餃子センターの様子

前の店主とのやり取りはどのようなものでしたか。

最初にお会いした時は、ほとんど話を聞いていただけませんでした。門前払いに近いような状態だったと思います。

そもそも、前店主の方も最初から誰かに引き継ぐつもりがあったわけではなかったのだと思います。ただ、何度か通ってお話を重ねるうちに、少しずついろいろなことを話してくださるようになりました。

その中で、「井辻さんだったらいいね」「引き継がせようかね」という話になっていきました。信頼関係を一気につくるというよりも、何度も足を運び、向き合い続ける中で少しずつ承継の話が進んでいった感覚です。

流川餃子センターの様子

承継にあたって大変だったことは何でしょうか。

一番大変だったのは、レシピや技術の継承です。

承継の話が出たのは前年の9月か10月頃でしたが、前店主は12月末で店を閉めることを決めていました。限られた時間の中で、味や作り方を引き継いでいく必要がありました。

ただ、長年家族で営まれてきたお店なので、きちんとしたレシピが残っているわけではありません。すべてが前の店主の頭の中にあり、体に染み込んだ感覚で作られていました。

そのため、社員が現場に入り、作り方を教えていただきながら、感覚で受け継がれてきたものをどう言葉にし、レシピとして整理していくかが大きな課題でした。

味やレシピは変えずに引き継がれたのでしょうか。

はい。味はまったく変えずに引き継いでいます。

流川餃子センターの価値は、長年守られてきた味そのものにあります。そこを崩してしまってはいけないと思いました。

材料の仕入れ先も、できる限り以前のまま継続しています。井辻ホールディングスは餃子の皮のメーカーでもあるので、本来であれば自社の皮を使いたいという気持ちもあります。しかし、流川餃子センターでは以前から使われていた皮をそのまま使っています。

それくらい、元の味を守ることを大切にしています。

味以外に、残したいと思ったものはありますか。

お店の雰囲気です。のれんも含めた空気感や、どこか懐かしいノスタルジックな雰囲気を残したいと思いました。

事業承継では、店名を変えたり、内装を現代的にしたりするケースもあります。しかし、流川餃子センターに関しては、味、雰囲気、空気感、そのすべてを含めてブランドだと考えています。

だからこそ、変えるのではなく、できるだけそのまま残すことを選びました。

一方で、新しく挑戦したいことはありますか。

味や雰囲気は変えずに、これまで来たことがなかった方々にも知っていただく取り組みはしていきたいと考えています。

前店主が営んでいた頃は、広告宣伝やSNSでの発信を積極的に行っていたわけではありませんでした。だからこそ、若い方や女性の方など、これまで足を運ぶ機会が少なかった層にも気軽に来てもらえるようにしたいと思っています。

実際に、新体制での営業開始後はメディアにも取り上げていただき、多くのお客様に来ていただきました。昔からのお客様が久しぶりに思い出して来店してくださることもありましたし、SNSをきっかけに若い方が来てくださることも増えているように感じています。

守るべきものは守りながら、伝え方は時代に合わせて変えていく。そこが大切だと思っています。

流川餃子センターは、広島の人々にとってどのような存在だと思いますか。

クラウドファンディングを実施した時、想像以上に多くの方々が支援してくださいました。メディアに取り上げていただいた後も、多くのお客様が足を運んでくださいました。

その反応を見る中で、流川餃子センターは「なくしてはいけない」と多くの人が感じていたお店なのだと思いました。

単なる飲食店ではなく、長年の思い出や、広島の夜の風景、地域の食文化の一部として愛されてきた存在なのだと思います。

今回の承継を通じて、広島の食文化にどのような貢献をしていきたいですか。

私たちは、餃子を広島の新しい食文化にしたいと考えています。

広島には、お好み焼き、牡蠣、レモン、瀬戸内の海産物など、魅力的な食材や食文化がたくさんあります。広島は観光地としても大きな可能性を持っており、原爆ドームや宮島など、世界中から人が訪れる場所です。

これからインバウンドがさらに広がっていく中で、観光客の方々が「広島に来たらお好み焼きも食べるけれど、餃子も食べる」と思ってもらえるようにしたい。そのためにも、流川餃子センターのような老舗の味と文化を守ることは大きな意味があると考えています。

井辻ホールディングス代表取締役の井辻龍介氏

流川餃子センターを今後どのようなお店にしていきたいですか。

一時は、流川餃子センターを多店舗化していくことも考えました。しかし、今は「あの場所に一店舗あるからこそ価値がある」と感じています。

だからこそ、まずは老舗ブランドとして守り続けることを大切にしたいです。時代が変わる中で、変えなければならないこともあると思います。ただ、流川餃子センターに関しては、変えない方がいいことの方が多いと感じています。

もちろん、広島市内の中心部ではなく、かつて餃子センターという屋号のお店があったような地域であれば、新たな展開の可能性はあるかもしれません。ただ、急速に店舗展開をしていくような業態ではありません。

あくまで、流川餃子センターらしさを守りながら、長く続くお店にしていきたいです。

今後も事業承継やM&Aに取り組んでいく考えはありますか。

M&Aや事業承継は、これからの経営戦略の中で重要な選択肢になると思っています。

ただ、何でも引き継げばいいわけではありません。私たちがやりたいことや、目指している方向性と合致する事業であれば、今後も取り組んでいきたいと考えています。

今回の流川餃子センターの承継は、単なる店舗取得ではありません。広島の食文化を守り、次の世代へつなぐための承継です。そうした意味のある事業であれば、今後も挑戦していきたいです。

井辻ホールディングスとして、今後どのような会社を目指していますか。

現在、ホールディングスとしては100億円企業を目指しています。

もちろん、今ある事業を大切にしていくことが前提です。ただ、現業だけで100億円を目指すのは簡単ではありません。だからこそ、新規事業、M&A、事業承継なども含めて成長していく必要があります。

また、来年には創業80周年を迎えます。その先にある100周年を見据えた時、同じことだけを続けていては会社を残していくことはできません。

100億円という成長戦略と、100周年に向けて会社を残していくという長期的な視点。その両方を大切にしながら、長く続く会社を目指していきたいです。

井辻ホールディングスの経営計画・成長戦略の資料

未来へ会社を残していくために、今取り組んでいることはありますか。

誰が四代目、五代目として継いでいくかはまだ分かりません。ただ、次の世代に向けた種まきは進めています。

例えば、メーカー事業では数年前に新工場を建てました。大きな投資でしたし、私の代だけで回収できるものではないかもしれません。しかし、5年後、10年後、20年後、30年後を見据えた投資として必要だと判断しました。

また、ベトナム・ハノイにも会社を設立し、店舗を展開しています。日本の人口は今後減っていきます。そう考えると、事業を長く続けていくためには、人が増えていく場所、つまり胃袋の数が増えていく場所で挑戦することも必要です。

輸出にも力を入れています。円安の流れもある中で、日本の食文化を海外へ広げていくことは、今後の大きなテーマになると思っています。

10年後、20年後に日本や世界がどうなっているのかを想像しながら、今できることに取り組んでいます。

意思決定をする上で、大切にしている判断基準は何ですか。

最初にもお話しした通り、今いる社員や従業員が成長できるか、輝けるか、幸せになれるかということです。

新しい挑戦をする時も、それが社員にとって意味のあるものかどうかを考えます。会社が成長することは大切ですが、その成長の先に働く人たちの幸せがなければ意味がありません。

事業承継も同じです。単に事業を引き継ぐのではなく、その事業を通じて地域に価値を残し、社員が成長し、お客様に喜んでいただけるかどうか。そこを大切にしながら、これからも挑戦を続けていきたいです。

井辻 龍介のプロフィール写真
プロフィール

井辻 龍介

井辻ホールディングス株式会社 代表取締役社長

1947年創業の井辻食産(製麺・餃子の皮メーカー)を母体とする井辻ホールディングス三代目。約15年前に「餃子家 龍」1号店を出店して飲食事業を本格展開し、5年前にホールディングス化。餃子の皮づくりから関わる強みを活かし、「餃子を広島の新しい食文化にしたい」という想いのもと事業を広げてきた。広島・流川で60年以上続く老舗「流川餃子センター」を承継し、味・レシピ・店の雰囲気を守りながら次世代へつなぐ。ベトナム進出や輸出にも取り組み、売上100億円・創業100周年を見据えて経営を進めている。

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