15年愛された絵本カフェを次世代へ|大阪・豊崎「絵本カフェ Storybook」
大阪・梅田からほど近い豊崎で、15年以上愛されてきた「絵本カフェ ペンネンネネム」。閉店予定だったその空間を引き継ぎ、2024年に「絵本カフェ Storybook」として新たに歩み始めたのが、オーナーのリウィアさんだ。IT企業で9年間働いた後、カフェ経営という未経験の道へ。絵本の世界を残しながら、人が集い、交流し、心を癒せる場所をつくる挑戦について話を伺った。
まず、リウィアさんご自身について教えてください。
日本に来たのは、今から15年ほど前です。もともと日本の文化やアニメが好きで、日本に留学したいという思いがありました。最初は1年間日本語学校に通い、その後、大学院に進学して2年間学びました。卒業後はIT企業に就職し、約9年間働いていました。
IT企業で働く中で、これから自分が何をしていきたいのかを考える時間が少しずつ増えていきました。その頃、よく通っていた別のカフェがあり、そこではボードゲームなど、いろいろなイベントが開かれていました。お客さん同士が友達のように集まり、ワイワイ楽しめる空間がとても印象に残っていたんです。自分もいつか、そんなふうに人が自然と集まれる、アットホームなカフェをつくってみたいと思うようになりました。
前身である「絵本カフェ ペンネンネネム」には、以前にお客さんとして一度訪れたことがありました。独特でかわいらしい雰囲気があり、とても印象に残っていました。その後、自分でカフェを始めるために物件を探していたとき、偶然そのお店が引き継ぎ先を探していることを知りました。知っているお店だったので、とても驚きましたし、そこから前オーナーさんとお話しする機会をいただきました。
絵本カフェを引き継ぐことになった背景を教えてください。
最初から「このお店を絶対に残したい」という強い使命感だけで動いていたわけではありません。正直に言うと、最初のきっかけは、自分自身がカフェを経営してみたいという思いでした。人が集まって、友達のように話したり、イベントを楽しんだりできる場所をつくりたい。そんな思いで物件を探していたときに、偶然「ペンネンネネム」が売り出されていることを知りました。
ただ、この場所をそのまま壊してしまうのはもったいないと感じるようになりました。お店には、長年かけてつくられてきた空間があり、絵本の世界に入り込んだような雰囲気がありました。家具やインテリア、絵本、人気メニューなど、前のお店だからこそ積み重ねてきたものがたくさん残っていました。
他の人が引き継いだ場合、もしかすると絵本カフェではなく、まったく違うお店になっていたかもしれません。私が「絵本カフェとしてそのまま引き継ぎたい」と伝えたことが、前オーナーさんにとっても大きかったのだと思います。自分のカフェをやりたいという思いと、この空間を残したいという思いが重なり、引き継ぐことを決めました。
引き継ぐと決めたとき、不安や迷いはありましたか。
もちろんありました。私はそれまでIT企業で働いていて、飲食店を経営した経験はまったくありませんでした。経営をどう進めればいいのか、何から始めればいいのかも分からず、たくさん調べながら進めていきました。
特に最初の1年間は、赤字の状態が続きました。本当にこのまま続けていけるのか、かなり悩みました。経営の経験がない中で、設備のこと、メニューのこと、スタッフのこと、お金のこと、すべてを考えなければなりません。好きな空間を引き継いだとはいえ、現実としてお店を続けていくことの難しさを強く感じました。
そのときに大切にしたのは、初心に戻ることでした。自分はどんなカフェをつくりたいのか。どんな事業をやりたいのか。前のお店のメニューや絵本のコンセプトを引き継ぐだけではなく、自分自身がつくりたい場所を改めて考えました。そこで出てきたのが、やはり「人が集まれる場所にしたい」という思いでした。そこから、ミニ絵本作りイベントをはじめ、ボードゲームイベントや絵描きイベント、読書紹介イベントなど、お客さん同士がつながれる企画を少しずつ始めていきました。
前のお店から引き継いだものの中で、特に大切にしているものは何ですか。
一番大切にしているのは、この空間です。絵本の世界に入ったような雰囲気、キャラクターに囲まれて過ごせる感覚、静かに本を読める空気感は、前のお店が長い時間をかけてつくってきたものです。そこはできるだけ残したいと思っています。
もう一つ大切にしているのが、皆さんの思い入れがあるメニューです。たとえば「ぐりとぐら」をイメージしたホットケーキや「スイミー」をイメージしたクリームソーダは、前のお店のレシピをそのまま引き継いでいます。特にホットケーキは今でも一番人気のメニューです。絵本で見た食べ物を実際に食べられる体験は、絵本カフェならではの魅力だと思います。
一方で、すべてをそのままにしているわけではありません。メニューの一部は新しく変えたり、イベントを増やしたりしながら、Storybookとしての形も少しずつつくっています。前のお店らしさを残しながら、自分たちらしい新しい魅力も加えていく。そのバランスを大切にしています。
逆に、引き継いだ後に変えなければならないと感じた部分はありましたか。
一番大きかったのは設備面です。お店自体が古く、キッチン設備やエアコンなど、そろそろ変えなければいけないものが多くありました。特にエアコンは十数年使われていて、キッチンに近い部分のエアコンは壊れて動かない状態でした。
1年目の夏、スタッフさんたちと一緒にキッチンで働いたとき、本当に暑くて「これは無理だ」と思いました。お客様にとっても、スタッフにとっても、安心して過ごせる環境をつくることが必要だと感じました。そこで、まずはインフラ面で変えるべきところをリストアップしていきました。
空間の雰囲気は残したい。でも、働く人や来てくださるお客様が快適に過ごせる環境は整えなければいけない。事業を引き継ぐというのは、思い出を残すだけではなく、これからも続けられる形に変えていくことでもあると感じています。
リウィアさんが絵本に惹かれるようになった原点を教えてください。
私にとって絵本は、心を癒してくれるものです。最初に強く印象に残ったのは、中国の絵本作家JIDIさんの作品でした。その絵本を読んだとき、絵本には子ども向けのものだけでなく、大人の心にも届くものがあるのだと感じました。シンプルだけれど温かくて、読んでいると心が落ち着くような感覚がありました。
日本に来てから、さらに絵本に惹かれるきっかけになったのが、ヨシタケシンスケさんの作品です。テレビ番組でヨシタケさんの特集を見て、興味を持ち、本を買って読んでみました。絵の表情は子ども向けのように見えるのに、内容を読むと大人でもいろいろなことを考えさせられる。そこに大きな魅力を感じました。
それまでは日本の漫画やアニメに触れることが多く、日本の絵本はあまり読んでいませんでした。でも、ヨシタケさんの作品をきっかけに、日本の絵本にも少しずつ興味を持つようになりました。国によって大きく違うというより、作家さん一人ひとりのアイデアや表現が違うところが、絵本の面白さだと思います。
リウィアさんにとって、絵本はどのような存在ですか。
絵本は、心を癒すものだと思っています。子どもが読むものというイメージを持たれることも多いですが、私は大人にとっても大切なものだと感じています。
IT企業で働いていた頃は、ストレスを感じることも多くありました。そういうとき、本を読んだり、絵本を読んだりすると、静かな空間に入っていくような感覚がありました。絵本には、短い言葉と絵だけで、自分の心を少し軽くしてくれる力があります。絵本カフェStorybookも、そんなふうに、訪れた皆さまが少しでも心を落ち着け、癒される空間になればと思います。
また、絵本は読む人によって受け取り方が変わるものだと思います。同じ本を読んでも、子どもと大人では感じることが違いますし、同じ大人でも、そのときの気持ちによって印象が変わります。何度読んでも新しい発見がある。そういうところが、絵本の魅力だと思います。
新しい名前で運営することに、プレッシャーはありましたか。
最初はプレッシャーがありました。前のお店を好きだった方もいますし、Googleのレビューなどで「昔と雰囲気が少し違う」と書かれることもありました。前のお店に思い入れがある方にとっては、変化を感じる部分もあったと思います。
ただ、私は空間を大きく変えたわけではありません。絵本をイメージしたメニューを提供することや、絵本の世界観を感じられる空間はそのまま大切にしています。一方で、メニューの一部を新しくしたり、イベントを開催したりしながら、Storybookとしての新しい魅力もつくっています。
前のお店を完全に再現することはできません。でも、前のお店が持っていた絵本の世界観や、訪れた人が特別な時間を過ごせる空気は、これからも大切にしていきたいです。その上で、今のStorybookだからできることを少しずつ増やしていきたいと思っています。
イベントにも力を入れているそうですね。どのような企画を行っていますか。
もともと私がつくりたかったのは、お客さんが友達のように集まれるアットホームな場所でした。そのため、カフェとして営業するだけでなく、いろいろなイベントを開催しています。
ボードゲームイベントや絵描きイベント、読書紹介イベントなど、絵本と直接関係のない企画もあります。ですが、Storybookは絵本に囲まれた空間なので、参加する方が自然とインスピレーションを受けられる場所だと思っています。
絵本に関係するイベントとしては、「ミニ絵本作りイベント」もあります。参加者がチームを組んで、自分たちで絵本をつくる企画も行いました。最初の人が1ページ目を描き、次の人がそれを見て続きを考え、また次の人へ渡していく。最後にどんなストーリーになるか分からない、ゲームのような絵本づくりです。とても盛り上がりました。こうしたイベントを通じて、知らない人同士が一緒に楽しめる場所にしていきたいです。絵本作家の方々にも何人かご参加いただき、とても斬新なアイデアだとご好評をいただきました。
絵本をテーマにしたメニューには、どのようなこだわりがありますか。
絵本から出てきたようなメニューを楽しめることは、このお店の大きな魅力です。もともと前のお店にも、絵本をテーマにしたメニューがありました。そのアイデアは引き継ぎながら、どのようなメニューを提供するかについては、自分たちでも工夫しています。
一番人気は「ぐりとぐら」をイメージしたの「ぼくらのホットケーキ」と「スイミー」をイメージした「スイミーのオーシャンブルー」クリームソーダです。この2つは、前のお店のレシピをそのまま引き継いでいます。お客様にとっても思い入れのあるメニューなので、大切に残しています。
絵本の中で見た食べ物を、実際に食べられる体験は特別だと思います。ただおいしいだけではなく、昔読んだ絵本の記憶や、物語の世界に入るような感覚も一緒に味わってもらいたいです。食事を通じて、絵本の世界を現実に持ってくることが、Storybookらしさだと思っています。
今後の展望について教えてください。
お店を、従来のベースである「絵本を楽しめる心地よい環境やメニューの提供」を大切に維持しながら、今後はご来店いただいたお客様同士が繋がり、新しい友達を作れるようなコミュニティ型のイベント運営にしていきたいです。
まずは「絵本画家・作家様とのコラボレーションイベント」の強化を進めます。過去に開催した絵本作家様とのコラボイベントでは、SNSを活用した集客や情報拡散を行い、参加者が作品の魅力や作家様について深く知るための良いきっかけとなりました。この取り組みをさらに広げるため、今年の夏休み期間にも新たな作家様とのコラボイベントの開催を計画しています。
最近別の主催者から声をかけていただき、「福祉や障がい者支援に繋がるイベント」の開催のお話をいただきました。お店の強みである「誰もがホッとできる、落ち着いた空間と雰囲気」を最大限に活かし、障がいを持つ方でも周囲を気にせず安心して集い、心から落ち着ける場所となるよう、今後はこうした多様な方々と手を取り合ったイベントを積極的に形にしていきます。
また、新たな挑戦として、絵本作家様とのコラボレーションによるボードゲーム制作にも取り組んでいます。絵本の世界観や魅力を、本だけではなく「遊び」という形でも楽しんでいただけるような作品を目指しています。今年は、食べ物とかわいらしい鳥のイラストが特徴の絵本作家 COPECO 様にイラストをご担当いただき、カフェをテーマにしたボードゲーム「Bake or Break」を発売予定です。これからも素敵な絵本作家の方々と協力しながら、その想いや作品を、世界中の人たちへ届けていきたいと思っています。
最後に、まだStorybookに来たことがない方へメッセージをお願いします。
Storybookは、日本でも海外でもなかなか見られない、絵本の世界をコンセプトにしたカフェです。昔ながらの好きな絵本のキャラクターに囲まれながら、絵本の中に出てくるような食事を楽しむことができます。
静かに絵本を読みに来ることもできますし、イベントに参加して、知らない方と一緒にワイワイ楽しむこともできます。ただ食事をするだけではなく、絵本の世界に入り込んだ、子どもの頃の幸せに戻れる、初心に戻れるような時間を過ごせる場所です。
子どもの頃に読んだ絵本を思い出したり、大人になってから新しい絵本に出会ったり、誰かと一緒に物語を楽しんだり。そういう時間を過ごしたい方に、ぜひ一度来ていただきたいです。Storybookを、心を癒し、人と人がつながる場所にしていきたいと思っています。


