創業56年、九州和牛を一頭買いで届ける食肉卸、環境問題から家業を継いだ三代目の挑戦|クロキ
1970年創業、福岡の食肉卸株式会社クロキ三代目の黒木千佳さん。和牛の解体から冷凍惣菜、ドレッシング開発まで事業を広げる傍ら、環境問題解決にも挑んでいます。家業を継ぐ葛藤を抱えながらも、アトツギとして業界の課題に向き合う情熱と挑戦についてお話をお伺いしました。
まず、御社の事業内容について教えてください。
弊社は大きく3つの事業を展開しています。総合食肉卸売事業、冷凍惣菜事業、そしてドレッシング事業です。
会社としての基盤は創業当時から続く食肉卸売事業で、和牛・国産牛を中心に豚肉、鶏肉、馬肉の4種類の食肉を扱っています。主な取引先はスーパーや飲食店、小売店で、生産者から仕入れた食肉を加工・流通させる役割を担っています。
食肉卸は一般の消費者からはあまり見えない仕事ですが、食の流通の中では非常に重要な存在です。生産者と飲食店、小売店の間に立ち、品質や価格のバランスを調整しながら食材を届けています。市場の情報を共有したり、肉の品質を見極めたりすることで、流通全体が円滑に回るよう支えています。
食肉卸以外にも事業があると伺いました。それぞれどのような背景で始まったのでしょうか。
冷凍惣菜事業は2代目である父の代に始まりました。
2000年代初頭、BSE問題や牛肉偽装事件の影響で社会的に肉に対するイメージが大きく揺らいだ時期でした。食肉業界全体に対して不信感が広がり、売上にも影響が出ていました。
そのとき社内で「どうすればお肉の魅力を安心して伝えられるのか」という議論が生まれました。そこで考えたのが、食材としての肉だけではなく、料理として完成した形で届けることでした。
ハンバーグなどの冷凍惣菜は、その取り組みから生まれました。料理として提供することで、お肉の美味しさや価値をより直接的に伝えることができると考えました。
また2025年にはM&Aを通じてドレッシング事業を承継しました。「お肉がもっと美味しく!」この想いを形にした「MEAT Dresser(お肉を着飾る)」シリーズを展開しています。作り手が見える九州の素材でつくったお肉を主役に引き立てる無添加ドレッシングを全て手作りで製造しています。
御社は九州和牛の「一頭買い」をされていると伺いましたが、そのスタイルはどのように始まったのでしょうか。
実は特別な戦略というより、創業当時から自然とそういう形だったというのが正直なところです。
創業者である祖父が鹿児島出身で、鹿児島で育てられた牛を福岡に運んできて解体し、販売するところから事業が始まりました。
現在では「一頭買い」という言葉がブランドのように使われることもありますが、弊社にとっては創業当初から続くスタイルです。
一頭単位で扱うことで、肉の品質をしっかり確認することができます。また部位ごとの特徴を理解しながら販売することができるため、飲食店への提案力にもつながっています。
創業の背景について教えてください。
創業は1970年です。祖父が鹿児島から福岡に出てきて、食肉の仕事を始めたことが会社の始まりです。
最初は精肉店で働きながら経験を積み、その後スーパーから「肉を卸してほしい」と声をかけられたことがきっかけで独立しました。
鹿児島の生産者とのつながりを活かし、黒毛和牛を福岡に持ち込み解体して販売するという形で事業を広げていきました。
大学では環境問題を学ばれていたそうですね。
大学では環境問題を学ぶため、オーストラリアに留学しました。エコツーリズムを研究し、観光を通して環境問題に向き合う取り組みを学びました。
当時は旅行会社に就職し、観光を通して環境問題に関わる仕事をしたいと考えていました。
そこから家業に入る決断をされた背景は何だったのでしょうか。
大きかったのは新型コロナウィルスの影響です。
就職活動のタイミングでコロナ禍になり、観光業界の採用がほとんどなくなりました。そのとき、自分の人生について改めて考える時間ができました。「自分は本当に何をしたいのか」 紙に書き出して整理してみたんです。
そこで気づいたのは、エコツーリズムはあくまで環境問題について考えるきっかけを作る「手段」の一つだったということでした。
そう考えたとき、私は初めて、家業で扱ってきた「命」を別視点から見るようになりました。食べるところだけを価値とするのではなく、最初から最後まで使い切る方が、この仕事のあり方として自然なのではないか。家業である食肉業の中でも環境問題に向き合うことができるのではないかと思いました。
実際に家業に入ってみて、業界の現状をどう感じましたか。
一番感じたのは、和牛市場の厳しさでした。
国内の牛肉消費量はここ数年減少しています。物価高の影響もあり、消費者は牛肉よりも豚肉や鶏肉を選ぶ傾向が強くなっています。
実際に牛肉の消費量は5年連続で減少しています。
食肉業界の中で特に課題だと感じていることは何でしょうか。
畜産副産物の未活用問題です。
一頭からはさまざまな部位が取れますが、人気のある部位とそうでない部位の差が非常に大きいんです。
同じ命から生まれた食材なのに、人間の好みによって価値が大きく変わってしまう。この現実を知ったとき、とても悲しい気持ちになりました。
そうした課題に向き合う中で、新しい取り組みも始められていると伺いました。
現在取り組んでいる挑戦の一つが、豚脂を活用したスキンケア商品の開発です。
取引先で、豚脂が廃棄されている現状を知りました。「もったいないから、何か活かせないだろうか」「女性の視点で、アイデアをもらえないだろうか」そんな相談を受け、クロキに代々根付く「頼まれごとは試されごと」というDNAと、私の問題意識がこの挑戦の後押しとなりました。
豚脂は本来、非常に保湿力が高い天然素材です。昔から動物性脂肪は石鹸などにも使われてきました。そうした背景を踏まえ、化粧品として活用する可能性を探るプロジェクトがスタートしました。
単に新しい商品を作るというよりも、これまで価値が十分に付けられてこなかった資源に新しい役割を与える取り組みです。もしこの商品が社会に受け入れられれば、食肉業界の中で生まれている廃棄問題の一部を解決できる可能性があります。
食肉業界はどうしても「食べる」という用途に価値が集中しています。しかし豚という一つの命から生まれる資源には、まだ活かされていない可能性がたくさんあります。そうした可能性を見つけていくことが、自分たちの新しい挑戦だと考えています。
その取り組みの一環として、アトツギジャンプにも参加されているそうですね。
はい。現在「アトツギ・ジャンプモノづくりコース」というプロジェクトに参加しています。これは家業を継ぐアトツギが新事業・新商品を生み出す挑戦を支援するプログラムです。
家業を継ぐと、どうしても既存の事業を守ることに意識が向きがちです。しかし一方で、時代の変化に対応するためには新しい挑戦をする必要があります。
似たような境遇や悩みを抱える福岡県内のアトツギと出会い、互いに刺激を受けながら、それぞれの夢に向かって切磋琢磨できる環境です。
現在、ナスを活用したドレッシングの開発に挑戦されていると伺いました。どのようなプロジェクトなのでしょうか。
現在、MAKUAKEで、「完熟なすジャポネソース」という商品でクラウドファンディングに挑戦しています。
「お肉の旨みを邪魔しない」「引き立てる」という考えのもと、茄子のまろやかさと甘みを引き出した「食肉卸が本気で作った完熟なすのジャポネソース」です。
2代目である父が 「家庭でも、もっとお肉を美味しく食べてほしい」 という想いから研究を始めました。
父は試作と改良を繰り返し、研究ノートを書き続けてきました。今回のジャポネソースは、その研究ノートを原点に、形にした商品です。
通常、ジャポネソースは玉ねぎを使用するのですが、独特のクセがあり、和牛の良さを十分に引き出せていないと感じていました。
他の野菜を探している時に、福岡県みやま市で完熟なすを栽培している阿部農園さんに出会いました。なすは、素材の主張が強すぎず、 加熱すると、とろけるような甘みと自然な粘度が生まれます。そのやさしいとろみが、お肉を包み込み、和牛本来の旨みを引き立ててくれます。また、なすが苦手な方でも食べやすいよう、 丁寧に下処理を行い、きめ細かく仕上げています。
焼いたお肉にかけるだけで、味が決まる。プロのシェフの手順を覚えなくても、余計な調味料はいらず、これ1本でOKです。和牛やステーキはもちろん、ご飯やサラダにも合う万能ドレッシングです。
なぜMakuake(応援購入サービス)という形を選んだのでしょうか。
新しいクロキを宣言する場所に相応しいと考えたからです。
クロキはこれまで、 「縁の下の力持ち」として食肉流通を支えてきました。しかし今、食肉卸業界は 薄利多売と価格競争の中で、 事業者数が減り続けています。
そこで私たちは、 肉を知り尽くした食肉卸の強みを、 お肉だけでなく、食卓そのものへ届ける挑戦を始めました。これまでプロに届けてきた品質を、直接、食卓へ届けていきたい。そして今回は、 これまで肉でしか表現できなかった食肉卸の強みを、ドレッシングという形に落とし込みました。
また、今回私たちが新しく掲げた言葉が「食卓品質」 特別な日のごちそうだけではなく、毎日の食卓で安心して選ばれるもの。家族が口にするものだからこそ 誠実でありたい。その想いを多くの方に知って欲しいと思いました。
三代目として、これからどのような会社にしていきたいと考えていますか。
まず大切にしたいのは、これまでの歴史です。
弊社は創業から半世紀以上続いてきました。その間には、祖父の代、父の代、それぞれの挑戦がありました。祖父は食肉卸という基盤を築き、父は惣菜事業や海外展開など新しい領域を切り拓きました。
自分が三代目として会社に入ったとき、その歴史の重みを強く感じました。同時に、その歴史があるからこそ、これから新しい挑戦もできるのだと思っています。
私自身が目指しているのは、「食肉卸」という枠を少し広げることです。
もちろん食肉卸は会社の核となる事業です。しかし、それだけにとどまらず、人のからだを預かる存在として、「命の循環をデザインすること」それを使命に、食肉卸を超え、食卓から暮らしまでを預かるブランドを目指しています。
食べること。感じること。生きること。そのすべては、「命をいただく」という行為につながっています。口に入れるものも、肌に触れるものも「クロキのものなら安心だ」そう言っていただけることを、私たちは何よりの誇りにしています。それが、「食卓品質」を基準に、暮らしをつくる会社としてのクロキです。
命に不誠実は入れない。



