代替わり後の「労務トラブル」をどう防ぐか? AI時代の社労士が挑む、デジタル×労務監査による“持続可能な組織作り”|アットロウム
事業承継は、必ずしも綿密な計画のもとに、美しくバトンタッチされるものばかりではありません。時には予期せぬ事態や先代の体調不良などにより、準備期間もままならないまま、強引にバトンを引き継がざるを得ないケースが存在します。
今回インタビューにお答えいただいたのは、千葉県千葉市に拠点を置く社会保険労務士法人アットロウムの代表社員、藤﨑祐也氏です。
藤﨑氏自身、アルバイトとして入所した個人事務所を法人化するプロセスを経て、急遽代表の座を引き継ぐという事業承継を経験されています。「生涯現役」にこだわる先代との葛藤や、停滞する事務所運営。周囲からの「解散して一からやり直せ」という声を押し切り、藤﨑氏はいかにして「師匠」と立ち上げた事務所を守り抜いたのか。
「綺麗に代替わりできる企業ばかりではない。だからこそ、自分の経験が経営者の痛みに寄り添う力になる」。そう語る藤﨑氏に、波乱万丈な承継のリアルと、AI時代における社労士事務所の生存戦略、そして「労務監査」を用いた持続可能な組織作りについて、たっぷりと語っていただきました。
これまでのご経歴と、社会保険労務士(以下、社労士)の道に進まれたきっかけについてお聞かせいただけますでしょうか。
実は、私は最初から社労士を目指していたわけではないんです。
大学は法学部だったのですが、当時は「企業経営は人・モノ・金と言うけれど、とりあえず食いっぱぐれない仕事がいいな」と漠然と考えていました。社会保障や法律には興味があったので、なんとなく「安定していそうだから」という理由で公務員を志望していたんです。
そのため、同級生たちが就職活動をしている間、私は就活をせず、大学を卒業した年に社労士の試験には合格したものの、そのまま「公務員試験浪人」になりました。
しかし、公務員試験というのは厄介で、筆記試験に受かっても、省庁や自治体の面接で採用してもらえなければ、せっかく勉強したことが全て無意味になってしまいます。それが嫌で、「何か形に残る国家資格で潰しが効きそうなものを」と考え、本格的に社労士の資格を活かそうと思い始めたのです。
その後、公務員としては働かれなかったのですか?
いえ、1年ほどですが、当時の社会保険庁で公務員として働いた時期がありました。しかし、実際に働いてみて「やっぱり自分には合わないな」と感じまして。
同時に、世の中のブラックな労働環境の存在を知り、「これじゃ世の中いかんよね」と、企業を取り締まる側の「労働基準監督官」に興味を持つようになりました。若かったので、全国転勤をしながら色々な会社に調査に入るのも面白そうだなと。
そこで、労働基準監督官の試験勉強の時間を確保しつつ実務を学ぶために、今から約17年前、25、6歳の頃に「個人事務所」にアルバイトとして入所しました。それが、現在のアットロウムの前身となる事務所です。
当時の事務所はどのような環境だったのでしょうか?
当時の事務所は、還暦目前の女性所長(先代)と、パートさんが1名、そしてアルバイトの私の3名体制でした。社労士・税理士業界ではよくある規模感の個人事務所ですね。
先代の所長は、「自分の飲み代が稼げて、楽しい仕事ができていればそれでいいぜ」という、非常に親分肌でパワフルな方でした。
私はそこで働きながら労働基準監督官の試験を何度か受けたのですが、面接や健康診断、心理テストまで進んで「受かる気満々」だったのに最終で落とされる、ということを繰り返しました。ちょうど民主党への政権交代の時期で、省庁の採用予定人数が急減したという背景もありましたが、「これだけ頑張って、やる気もあるのに……」と落ち込んでいた時期でもありました。
公務員への道を断念された後、そのまま事務所に正社員として残られたのですね。そこからどのように「法人化」や「事業承継」の話へと進んでいったのでしょうか?
私が27、8歳になった頃、先代の所長はすでに還暦を超えていました。当時の顧客数は30〜40人ほどでしたが、お客様の経営者層も年齢が高く、お付き合いが長くなるにつれて、先代に対して「先生、もし倒れちゃったらうちの会社どうするの?」と心配する声が頻繁に聞かれるようになったんです。
先代は日頃から、お客様に対して「社長、事業は続けてなんぼでしょう」とアドバイスをしていました。社労士という仕事は、顧問先と長くお付き合いをし、その企業が反映して地域や雇用を支え続けてくれることが一番の喜びです。だからこそ、お客様に「事業を続けろ」と言っている以上、自分の事務所だけ一代限りで終わらせるわけにはいかない、と先代も考えるようになりました。
「言うは易く行うは難し」ですが、有言実行で事務所の永続化に動かれたのですね。
はい。規模を縮小してフェードアウトしていく道もあったかもしれませんが、先代は「複数の社労士が飯を食える事務所にしたい」「労働事件など、弁護士と組んでやるような面白い仕事を組織としてやっていきたい」という意欲を持っていました。
そこで、今から12年前、個人事務所から「社会保険労務士法人」へと組織変更することになりました。ただ、当時の法律では社労士法人の設立には「社労士の有資格者が2名以上」必要だったのです。
つまり、先代以外にもう1名、役員となる後継者候補が必要だったわけですね。
そうです。まずは社内で後継者を募りました。ちょうど当時いた30代前半のパートの女性が社労士試験に受かっており、「私、やります!」と手を挙げてくれました。さらに、かつてうちの事務所を卒業して大手の社労士事務所で働いていた同い年の男性にも「戻ってきて一緒にやらないか」と声をかけました。
これで「一件落着、法人化できるぞ」と思ったのですが……現実はそう甘くありませんでした。
大手にいた男性からは「今の事務所で出世したいので嫌です」と即答で断られ(笑)。さらに頼みの綱だったパートの女性も、ご主人の転勤で九州へ引っ越すことになってしまったのです。「いつ戻ってくるか分からない」ということで、後継者候補に逃げられてしまう形になりました。
結局、公務員になれずに事務所に残っていた私が、先代と手を組んで法人を作ることになったのです。先代が代表社員となり、私が役員という形で、半ば「師匠と弟子」のような関係性で社会保険労務士法人アットロウムがスタートしました。
法人化後、しばらくは先代と藤﨑氏の二人三脚で経営されていたと思いますが、2019年に藤﨑氏が代表に就任されています。どのような経緯があったのでしょうか?
法人化して数年間は順調に二人三脚で歩んでいましたが、徐々に先代の体調面での不安が見え始めました。そして、実務をこれまで通りにこなすことが難しくなり、「来月から代表を代わってくれ」と、急遽、平成最後の年に私が代表の座を引き継ぐことになったのです。
その後、事務所の体制はすぐに落ち着いたのですか?
それが、そう簡単にはいきませんでした。
代表を退いたとはいえ、先代は根っからの親分肌で「生涯現役」を貫きたいという思いが非常に強い方でした。「社労士の登録抹消なんか絶対にしてやるか!」という気概で、その後も事務所に関わり続けようとしたのです。
組織のトップが代わった中で、実務が難しい先代が事務所に残り続けることは、新しい体制を築こうとする上で非常に難しい状況を生み出しました。
新規のお客様を積極的に開拓できる状態でもなく、事務所の運営は停滞し、私自身も「この先どうやって事務所を引っ張っていけばいいのか」と、出口の見えない暗いトンネルの中を歩くような苦悩の日々が数年間続きました。
周囲からのアドバイスなどはありましたか?
見かねた懇意の税理士の先生からは、「藤﨑さんにはすでにお客さんが付いているんだから、今の法人は一度解散して清算し、先代やご家族にお金を渡して、もう一度一人で一からやり直しなよ」と真剣に説得されました。ビジネスとして合理的に考えれば、それが一番賢い選択だったのかもしれません。
しかし、私はそれを良しとしませんでした。
先代とは衝突もありましたが、私を育ててくれた「尊敬する師匠」です。「複数の社労士が飯を食える、お客様が安心して任せられる法人を作る」というコンセプトを一緒に立ち上げた以上、限界のギリギリまでこの法人を守り抜きたい。その覚悟を決めたからこそ、なんとか事務所を崩壊させずに持ち堪えることができたのです。
事業承継をご経験されたからこそ、顧客の経営者に対して伝えられることがあるのではないでしょうか。
事業承継の成功事例として世に出るのは、「就業規則を見直して、未払い残業代を整備して、優秀な息子さんや娘さんが綺麗に継いでくれました」というハッピーな話ばかりです。
しかし現実は、うちの先代のように「生涯現役でいたい」と引退を拒むケースや、後継者が急に重圧を背負わされるケースが山のようにあります。
私自身が、急な代表交代と、引退を受け入れられない先代との葛藤という「綺麗事では済まない承継」を身をもって経験したからこそ、同じような悩みを抱える経営者や後継者の痛みに、心の底から寄り添うことができる。この実体験は、コンサルティングを行う上での大きな強みであると感じています。
現在の社労士業界を取り巻く環境と、アットロウムとしての「生存戦略」について教えてください。
現在、社労士業界は大きな変革期にあります。AIやクラウドツールの進化により、社労士の独占業務である「各種手続き業務」は、どんどん自動化・効率化されています。これらは今後、AIに取って代わられるか、強烈な価格競争に巻き込まれる領域です。
業界では今、二極化が進んでいます。個人の社労士が「相続専門」「就業規則専門」とニッチに特化して一人で活動するか、あるいは数十人、数百人規模の「豪族のような大型士業事務所(イオンやコストコのようなイメージ)」を作って薄利多売のスケールメリットで勝負するか、です。
うちは現在、社員2名、業務委託・パート数名という規模感であり、そのどちらでもありません。大手事務所と価格競争で戦っても勝ち目はありません。
だからこそ、給与計算や手続きといった「ベースの業務」はデジタルツールを駆使して効率化しつつ、収益の柱を「コンサルティング業務(3号業務)」へとシフトさせています。具体的には、「事業承継」や「持続可能な組織作り」といったテーマでの深い入り込みです。
「持続可能な組織作り」のコンサルティングとは、具体的にどのようなご支援をされているのでしょうか?
大きく分けて2つのアプローチがあります。一つは「デジタルツールの適切な導入支援」、もう一つは「労務監査によるリスク予防とブランディング」です。
まずデジタルツールについてですが、最近はお客様の方から「KING OF TIME(キングオブタイム)」などの勤怠管理システムを導入したいという声が増えています。私たちもセールスパートナーとして導入支援を行っています。
しかし、現実には「システムを入れたはいいが、うまく運用できず、現場が全く楽になっていない」という企業が非常に多いのです。
そこで私たちは、「就業規則ナビ」などのツールを活用し、まずは曖昧な規定を綺麗に整理します。ルールを明確にした上で、法令違反のない形で勤怠システムを設定し、スムーズな給与計算へと繋げる。この「ルール整理×デジタル化」の伴走支援が強みです。
もう一つの「労務監査」とはどのようなものですか?
分かりやすく言えば、「企業の人事労務における健康診断」です。
事業承継のタイミングでよく起こるのが、「隠れていた労務トラブルの爆発」です。先代社長が怖くて「未払い残業代を払ってほしい」と言えなかった従業員が、後継者に代わった途端に一斉に声を上げる。この鎮火には莫大な時間とコストがかかります。
そうした「爆弾」をあらかじめ見つけ出し、代替わり前に予防・治療しておくために、専用のクラウドツールを使って労務監査を実施します。
そして、せっかく監査をして労働環境を改善したのなら、それを企業のメリット(採用力強化など)に繋げていただきたい。そこで、社労士会が認定する「職場環境改善宣言」や「経営労務診断」の認証マークを取得するサポートも行っています。
実際、従業員が2名しかいない小規模な企業様でも、この認証マークを取得し、名刺やコーポレートサイト、求人票に掲載してブランディングに活用してくださっています。
今後のアットロウムとしての組織のあり方や、事業承継士としての展望をお聞かせください。
組織の規模(人数や売上)を闇雲に拡大していく路線は、あまり考えていません。100人を超えるような大手の社労士事務所も出てきていますが、そうした組織では顧客も従業員も「常に入れ替わるのが当たり前」というドライな考え方になりがちです。
そうではなく、私たちが目指すのは、従業員一人ひとりの満足度を高め、個性を活かせる「適材適所」の配置を行うこと。そして、お客様に対しては、担当者が定着し、継続的かつ安定的に質の高いサービスを提供し続けることです。それが結果的に、事務所の安定経営に繋がると信じています。
事業承継士としての活動はいかがでしょうか?
事業承継士の資格自体は2023年に研修を受けていたのですが、2025年に正式に登録を済ませました。2026年から本格的に活動の幅を広げていきたいと考えています。
得意分野である「就業規則の整理」や「労務監査を通じたトラブル予防」に注力しつつ、他士業の方々と積極的にコラボレーションしながら、企業の事業承継を支えていきたいと考えています。
セミナーなどの情報発信にも力を入れられていると伺いました。最後に、読者である経営者・後継者の皆様へメッセージをお願いします。
労務監査や給与計算のニーズは着実に増えています。今後は、私自身は企画立案や全体のディレクションに回り、年3〜4回のセミナー開催などを通じて、経営者の皆様に「求められている情報」をしっかりとお届けしていきたいと考えています。
「持続可能な組織・会社を作りたい」と真剣にお考えの企業様は、ぜひ一度ご相談ください。
まずは皆様の会社の現状をお聞きし、「今、何から手をつけるべきか」という有益な情報提供は必ずお約束します。
私自身の経験と、社労士としての専門知識をフル活用して、皆様の会社が未来へ続くための土台作りを全力でサポートさせていただきます。
藤﨑 祐也
大学法学部を卒業後、社会保険庁での勤務等を経て、約17年前に現在のアットロウムの前身となる個人事務所にアルバイトとして入所。還暦を迎えた先代所長とともに法人化を実現し、役員に就任。その後、急遽代表を引き継ぎ、困難な状況下で事務所の存続・経営再建に尽力する。自身の泥臭い事業承継の実体験を活かし、単なる手続き業務にとどまらず、勤怠管理システムの導入支援、就業規則の整理、労務監査によるリスク予防など、「持続可能な組織作り」に向けた伴走型コンサルティングを展開している。

