30年のマーケティング経験を持つ事業承継士が語る、バトンタッチの“前後”を支える伴走支援|田島智紀事務所
「事業承継」と聞くと、税務や法務、株価の算定といった専門的でテクニカルな手続きを思い浮かべる人が多いかもしれない。確かにそれらは不可欠な要素だが、会社を引き継ぐということは、単に帳簿上の数字や代表権を移転することではない。
いかに財務状況が整理されていても、事業に将来性がなく、組織が疲弊しきった「ボロボロのバトン」を渡されて、喜んで受け取る後継者はいない。バトンを渡す前に会社を磨き上げ、バトンを渡した後に新しい未来を描けるようにする。事業承継を真に成功させるためには、手続きの「前後」を支える「事業そのものの価値向上」が不可欠なのだ。
今回お話を伺ったのは、合同会社田島智紀事務所の代表であり、事業承継士の資格を持つ田島智紀氏。
約30年にわたり、外資系エージェンシーや国内大手広告代理店、そして事業会社で「マーケティング」と「コミュニケーション」の最前線を走ってきた田島氏。そんなマーケティングのキャリアを歩んできた田島氏が、なぜ事業承継士の資格を取得し、中小企業の支援に取り組むようになったのか。
事業承継におけるマーケティングの真の役割と、経営者の「事情」に寄り添う本質的な支援のあり方について、たっぷりと語っていただいた。
これまでのキャリアについてお聞かせください。事業承継士としては非常に珍しい、マーケティング・広告畑のご出身だと伺っています。
私の経歴は、事業承継界隈では少し毛色が違うかもしれませんね。大学を卒業してから、もうかれこれ30年以上、一貫して「コミュニケーションビジネス」や「マーケティング」の領域に携わっています。
中堅の広告代理店からキャリアをスタートさせ、その後、電通、オグルヴィといった国内外の広告代理店で営業職を務めていました。新卒当時はまだまだインターネットが普及する前でしたから、テレビ、新聞、雑誌といったマスメディアを中心とした、いわゆる王道の広告代理店ビジネスの世界にどっぷりと浸かっていましたね。
また、電通に在籍していた時は三重県にいましたので、東京という日本のビジネスの中心地だけでなく、地方のリアルな経済や社会の空気感に肌で触れられた経験もあります。
デジタルマーケティングエージェンシーでは、プランナー、コンサルタントの立場でクライアント支援を行っていました。
広告代理店だけでなく、事業会社でもご経験を積まれたとか?
はい。代理店での経験に加えて、事業会社の側でもマーケティングに携わってきました。
高島屋グループのファッション通販会社で、マーケティングの責任者を務めていました。支援する側と、実際に事業を回して成果を問われる側の両方を経験できたことは、今のマーケティング支援に大きく活かされています。
外資系と国内大手、代理店と事業会社、東京と地方、さらにはブランド構築からCRM(顧客関係管理)、One to Oneマーケティングまで。相反するような多様なベクトルで経験を積んだことで数多くの「引き出し」を持ち合わせていることが、私の最大の武器であり、特徴だと思っています。
華々しいマーケティングキャリアを歩む中で、なぜ「事業承継士」という資格に出会い、取得されようと思ったのでしょうか?
きっかけは、私が広告代理店時代にお世話になった先輩からの勧めでした。彼は先んじて事業承継士の資格を取得し、活動されていたんです。コロナ禍が明けた頃だったと思いますが、先輩から「こういう資格や世界があるんだよ」と教えていただいたのが最初です。
ただ、その時は「へえ、そういうものがあるんだな」くらいにしか思っていませんでした。しかし、頭の片隅には常に「地方」や「中小企業」への想いがあったんです。
その想いとは、どのようなものだったのでしょうか?
三重県に住んで、東京と地方の実態の差や格差を肌で感じたことが一つ。もう一つは、東日本大震災(3.11)の際に、ボランティアとして東北地方を回った経験です。私自身は東京出身ですが、そうした経験を通じて、いつか地方の企業や社会のために、自分の力で何かしらの支援や恩返しができたらいいな、という想いをずっと抱いていました。
事業承継というテーマは、まさに日本全国の地方中小企業が直面している最大の課題です。そこに自分のマーケティングのスキルを掛け合わせることで、微力ながら関われるのではないかと考え、資格を取得しました。
その後、2023年の末に「合同会社田島智紀事務所」を設立し、独立されました。独立の決め手は何だったのですか?
実は、周到に準備をして独立したわけではなく、完全に勢いでした(笑)。直前まではCRM系のエージェンシーに所属していたのですが、組織改編や事業ドメインの変更などの大きな変化が重なり、「もしかして、今がそのタイミングなのかな?」とふと思ったんです。
それに、事業承継士を勧めてくれたその先輩から「俺は60歳を過ぎてから独立して苦労した。だから、独立するなら少しでも早いうちにした方がいいぞ」という話も聞いていたので(笑)。20代の若者がノリで起業するような、そんな勢いでの独立でした。
現在の事業内容について教えてください。マーケティング支援と事業承継支援の両方を行っているそうですね。
現在は、案件ごとに最適なチームを組みながらクライアントをご支援しています。事業の柱は大きく2つあります。
ひとつは、マーケティング支援です。
売上構造の整理やマーケティング戦略の設計、施策の実行支援など、企業の成長を支える取り組みです。
もうひとつが、事業承継支援です。
私は、税理士や弁護士のような「士業」ではありません。そのため、事業承継における法的な手続きや税務処理を直接行うことはありません。私の役割は、事業承継というプロジェクト全体を見渡す「プランナー」や「プロデューサー」に近いものです。士業の専門家の方々のお力を借りながら、プロジェクトを円滑に進めるための土台を作っていく仕事です。
事業承継における「土台作り」とは、具体的にどのようなことでしょうか?
事業承継には、準備を含めて5年や10年という長い期間がかかると言われています。その中で、士業の先生方が最も活躍するのは、株や代表権を移転する「バトンを渡す、まさにその瞬間」のスキーム構築です。
しかし、どれだけ完璧なスキームを組んでも、そのタイミングで会社の業績が傾いていたり、組織が崩壊していたら意味がありません。想像してみてください。先代の経営者が、長年の激務でヘロヘロに疲れ切った状態で「頼む、継いでくれ!」とバトンを持って走ってきても、受け取る側は「えっ、そんな重いバトン、受け取りたくないよ」と思ってしまいますよね。
後継者に「このバトンなら俺が受け取りたい!」「未来がある!」と手を挙げてもらうためには、バトンタッチの「直前の5年間」で売上や利益をしっかり確保し、組織を活性化して会社を磨き上げておく必要があります。さらに、バトンを渡した「直後の3年間」に、新しい体制で事業をどう成長させていくのかという道筋も必要です。
このバトンタッチの「前後」の期間に、会社の根幹を強くするお手伝いを「マーケティング」の文脈で行うこと。それが私の最大のミッションだと考えています。
また、こうした考え方や取り組みについては、noteでも発信しています。
日々の実務の中で感じたことや、経営やマーケティングに関する考察を継続的に言語化することで、自身の整理だけでなく、同じような課題を抱える経営者の方々のヒントになればと考えています。
「マーケティング」という言葉は抽象的で、経営者には伝わりにくい部分もあるかと思います。田島氏はマーケティングをどのように定義し、クライアントに伝えていますか?
おっしゃる通りで、簡単ではありません。マーケティングという言葉だけだと、「結局、何をしてくれるの?」「広告を作ってくれるの?」と思われがちですからね。
最近は、**「あらゆる事柄の『投資対効果』が見合っているかをチェックし、そこから動き出すためのプロセスがマーケティングです」**と説明するようにしています。広告を出すのも投資。人を採用するのも、新規事業を始めるのも、新製品を投入するのも、すべて「投資」です。それらが本当に見合うものなのかを判断するための「軸」を揃えるところから始めましょう、と。
「投資対効果はこうですね。以上」で終わらせず、「具体的にどんなメディアで、どんな施策を実行するか」という実働部分までを一気通貫で担えるのが強みです。
大手広告代理店時代に接してきた大企業と、現在支援されている中小企業とでは、経営の「インサイト(本音や実情)」に大きな違いを感じますか?
全く違いますね。代理店時代は、いわゆる日本のトップを走る大手企業ばかりがクライアントでした。当時は「中小企業を支援したい」という熱い想いはありましたが、今振り返ると、彼らが抱えている本当のインサイトや実情を全く理解していなかったと思います。
自分が会社を起こし、さらに「事業承継士」として中小企業の現場を深く学ぶようになったことで、ようやく経営者の方々が抱えている悩みや本音が見えるようになってきました。見える「視座(レイヤー)」が確実に変わったと感じています。
事業承継においては、「事業を引き継げばいいんでしょう?」といった単純な話ではありません。その会社の歴史や、社長と家族の関係性など、もっと複雑な文脈を噛み砕いていく作業が必要です。
特に中小企業を支援する上で、田島氏が大切にしていることは何でしょうか?
**「正論だけを振りかざさない」**ということです。その人、その会社には、それぞれの「事情」が必ずあります。
例えば、「もっと売上を伸ばすために、広告を打って問い合わせを倍にしましょう」という提案は、ビジネス論としては正論かもしれません。しかし、現場の組織が3人しかいなくて毎日パンク状態の会社にそれを言っても、「そんなことできるわけないだろう」と反発されるだけです。「ならば、アウトソーシングすればいいじゃないですか」と言っても、「そんなお金があるなら最初から人を雇っているよ」という話になります。
製造する機能がないのに売上は倍にならないし、流通チャネルがないのに物は売れません。
だからこそ、会社の規模、リソース、資金力、そして社長の想いといった「事情」を深く理解し、それに沿った現実的な「選択肢」を提供してあげること。それが、マーケターであり事業承継士である私の果たすべき役割だと思っています。
事業承継支援の現場では、どうしても「手続き的な」ビジネスが主流になりがちです。田島氏はこの現状をどのように見ていらっしゃいますか?
事業承継において、専門的な手続きを滞りなく進めることは大前提として重要です。しかし、「手続きが終わればそれで事業承継は成功か?」というと、私はそうではないと考えています。大切なのは、バトンが渡った後にその会社がどう成長していくかです。
私が事業承継でフォーカスしたいのは
「この会社が作っている素晴らしい商品を、どうやって世の中に広めていくか」
「この事業の価値をどう次世代につなぐか」
という、ビジネスの本質的な価値を生み出す部分です。マーケティングの力を通じて、その会社が持つポテンシャルを最大化し、次世代に希望をつなぐ事業承継を支援していきたいですね。
素晴らしい商品や技術を持っていても、伝え方が分からずに埋もれてしまっている中小企業は多いですね。
そうなんです。技術は確かなのに、「伝え方が下手」だったり、「うちの業界はこういうものだから」と凝り固まってしまっているケースが非常に多い。デジタル化がこれだけ進んでいる現代において、新しい見せ方や手法に目を向けることは、経営者として避けては通れない道です。そこに私たちのマーケティングの知見を注入することで、会社の価値を再定義し、魅力的な状態で次世代に引き継ぐお手伝いをしたいのです。
最後に、今後の展望や、事業承継界隈の士業の方々へ向けたメッセージがあればお願いします。
事業承継士などの士業の先生方は、金融機関や行政からの紹介ネットワークを強くお持ちです。しかし、これだけデジタル化が進むと、将来的には「なぜ、他の誰でもなくこの先生にお願いしなければならないのか?」という、選ばれるための文脈(ブランディング)が必ず必要になってくると思います。
つまり、士業の方々自身も、マーケティングの視点を持って自分たちをアップデートしていくことが求められるはずです。
私は事業承継という共通言語を持ちながら、マーケティングのプロとして、そうした士業の先生方との連携も深めていきたいですね。お互いの強みを活かすことで、中小企業にとってより価値のある、本質的な事業承継支援ができると確信しています。
田島 智紀
大学卒業後、外資系エージェンシー(オグルヴィ)や国内大手広告代理店(電通)にて、長年にわたりクライアント企業のマーケティング・コミュニケーション支援に従事。また、高島屋グループのファッション通販会社においてマーケティング責任者を務めるなど、代理店と事業会社、双方の視点を持つ。東京と地方の格差や中小企業の課題に問題意識を抱き、事業承継士の資格を取得。2023年12月に合同会社田島智紀事務所を設立し独立。「投資と投資対効果」を見極める本質的なマーケティング思考を武器に、事業承継のバトンタッチ前後における企業の磨き上げや成長戦略の策定など、経営者に寄り添う伴走型コンサルティングを展開している。

