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事業承継の見えない資産 経営理念や従業員・取引先の信頼を引き継ぐ方法

事業承継の見えない資産 経営理念や従業員・取引先の信頼を引き継ぐ方法

1。見えない資産ってどんなもの?

承継する資産の図表 経営資源は、設備や不動産、株式や現預金などの「目に見える資産」だけではありません。

1)経営戦略や事業方針、営業戦術の大本にあたる考えを示す「経営理念」 2)事業遂行に欠かせないノウハウや情報を持つ従業員とその組織 3)明文化しがたい固有の価値観や雰囲気とそれらに根ざした社風、ルール

などは、「目に見えない資産(知的資産)」と呼ばれています。

これらは、競合他社には容易に真似できない差別化ポイントであり、競争優位性の源泉とも言い換えられる大切な資産です。

本稿では、「目に見えない資産」の継承ついて解説します。

◯見えない資産が継承されないリスク

事業承継では、どうしても目に見える資産に重きが置かれがちです。

しかし、目に見えない資産を軽んじた結果、将来に禍根を残す懸念もあります。

懸念1:経営方針にブレが生じ、事業が衰退してしまう これまでに大切にされてきた経営の考え方を後継者が深く理解し、その考えに基づいて行動できるようになるまでには時間がかかります。

特に、中小企業では経営者の考えが事業に大きく反映されるもの。

順調な会社の経営者が交代した途端、経営方針が変わり、業績が坂道を転げるように悪化してしまうケースもあります。

そんな事態に陥らないためにも、後継者はこれまで培ってきた経営理念や経営ノウハウなどの承継に時間をかけ、こうしたリスクを最小化しましょう。

懸念2:会社の信用が失われ、従業員や取引先の反発を受ける 先代経営者時代から働いていた従業員や、経営者の力量や人柄を信じて取引を行っていた取引先にとって、経営者交代は将来を不安に感じさせる要素の1つです。

後継者がこれまで異なる対応をした結果、従業員が大量退職したり、取引先から仕事を断られたりすることも。これでは、事業承継どころか事業の継続さえ危うくなってしまいます。

後継者が最初にすべきことは、従業員や取引先との信頼関係を作ること。経営者はそのサポートに全力を尽くしましょう。

2。経営理念の引き継ぎに必要なこと

会社の存在意義を示す経営理念。同業他社でも、経営者の価値観や理念、判断基準が異なれば、事業のあり方も大きく異なります。

特に中小企業の場合、経営理念は創業者の考え方が色濃く反映されます。経営者は後継者に対して、経営理念の成り立ちや意図について説明し、理解を深める機会を設けましょう。

◯経営理念を引き継ぐ3つのステップ 見えない資産の中でも重要な位置を占める経営理念。

経営理念を後継者へ引き継ぐためのステップを3つに分けて解説していきます。

ステップ1 経営理念が生まれた背景を振り返る それぞれの会社が異なる歴史、ストーリーを持っています。経営理念には、創業時の思いや、成功体験、失敗体験に裏打ちされた経営のノウハウが詰まっています。

現在の経営理念にいたった背景を整理し、後継者に伝えるべき内容やこれから変えていくべきポイントなどを明確にしておきましょう。

ステップ2 社内浸透度をチェックする 従業員数が少ない会社は、経営者の言葉や考えに直接触れる機会も多いですが、数十名を数える組織になるとそうはいきません。経営理念を曲解したり、そもそも理解していなかったりする従業員も一定数いるでしょう。

事業承継のタイミングで、従業員がどれだけ経営者の思いが浸透しているか、アンケートで確認してみましょう。これによって、経営者と従業員の間にある意識の違いなどが明らかになり、後継者にとって今後の経営方針を考えるヒントになるはずです。

ステップ3 経営理念を繰り返し後継者に伝える 経営理念を長期的に大切にしてほしいと望むなら、経営理念に共感し、それを体現してくれそうな後継者を選ぶことが重要です。

しかしながら、そういう人はすぐに見つるとは限りません。また、経営理念を言葉として理解するレベルと、本質を理解して行動にまで落とし込めるレベルには大きな差があります。 後継者の人選だけで満足することなく、後継者教育の一環として、経営理念やそれに沿った経営判断について話す機会を繰り返し持ち続けましょう。

3。従業員や取引先との信頼関係をどう引き継ぐか

顧客が必要とするサービスを企画し、実際に形にして提供するのは、組織を構成する従業員、そして取引先です。

彼らは会社にとって大切な資産と言えますが、当然、会社の所有物ではありません。

例えば、後継者の経営能力や人格が現経営者と比べて見劣りし、成長の見込みがないどころかこのまま衰退していくかもしれない……といった空気が社内に流れると、従業員は他社に流出してしまいます。

また、関係各所に事業承継の説明を疎かにすると、「ないがしろにされている」と感じてしまう取引先もいるでしょう。

配慮のない行為によって、信頼関係があっさり崩れてしまうケースは少なくありません。

事業承継において、後継者への信頼と期待を従業員や取引先に醸成してもらうことはとても重要です。すでに従業員と信頼関係を築いている経営者が率先し、現場と後継者のコミュニケーションがスムーズに取れるよう配慮しましょう。

◯見えない資産を引き継ぐポイント 見えない資産は有形の資産に比べて引き継ぎの完了が可視化しにくいため、上手く承継できているのか分かりにくいもの。

ここからは、見えない資産を引き継ぐためのポイントを見ていきましょう。

1)従業員 従業員の理解と協力は、円満な事業承継に欠かせません。しかし、従業員によっては事業承継をきっかけに、職場環境や労働条件、将来の人生設計に不安を覚える場合もあります。

そのため、後継者の公表と同時に、今後の経営方針や事業計画の展望について誠実に説明し、従業員の不安を払拭しましょう。

2)親族(特に、後継者以外の法定相続人) 経営の安定のためには、発行株式数の2/3以上の株を経営者に集中させたいところです。しかし、株式を持つ親族の理解が得られず、実現が難しい場合も想定されます。

そもそも、後継者以外の親族などの法定相続人には遺産相続の権利があるため、丁寧な説明を行うのはもちろん、資産分配についても配慮しましょう。

例えば、議決権のない自社株式事業用資産以外の個人遺産などを相続内容にするケースもあります。相続争いは経営にも悪影響を及ぼすため、避けるのが賢明です。

3)取引先、金融機関 取引先は、自社の収益や事業計画に大きな影響を与える存在です。さらに、原材料の仕入れ先や販売先、融資を受けている金融機関から、これまでよりも厳しい取引条件を突きつけられる可能性もあります。

こうした不測の事態に備え、後継者の人柄や引継計画、資金、事業の未来についても、あらかじめ真摯に説明しておきましょう。

4)顧問弁護士、税理士 経営の頼れるパートナーは顧問契約を結んでいる専門家、つまり弁護士や税理士です。事業承継のサポートを望むなら、後継者や自社の状況に関する情報を正確に伝えておくのは不可欠。的確なアドバイスをもらうためにも、抱えている悩みを正直に伝えるよう心がけましょう。

4。社風を守りながら体制を移行するには

後継者から見れば、**「事業承継のタイミングで、いま会社が抱えている課題を一気に解消してしまいたい」**という気持ちになるのはよく分かります。

しかし、経営権を引き継いだからといって、何もかも後継者の思い通りになるわけではありません。倒産などの差し迫った状況でもない限り、現状を急激に変えようとすれば、社内は混乱します。

早急な変革はトラブルのもと。事業承継後、やりたいことがあるのであれば、状況の変化についていけない従業員にも配慮した上で実行に移しましょう。

組織を円滑に事業承継後の体制へ移行するためのステップを整理します。

1)後継者決定~事業承継計画策定後

●後継者の適性を見極める 後継者は、経営者としての資質や能力、志向、人格、そして自社の経営への適性、そして覚悟などを総合的に判断されます。

もし正式に引き継ぎするまでの時間があるなら、他社や取引先、または自社で強みを伸ばし、弱みを補えるような勉強期間を設けましょう。

●事業承継の意義と目標、プロセスを明らかにする 従業員は、事業承継によって自分たちの仕事や暮らしがよい方向に向かうかどうか、また取引先や金融機関にとっては自社の収益にプラスになるかどうかに関心を向けています。

経営者と後継者が綿密なコミュニケーションをとりながら、専門家の意見を含めた事業承継計画を練り、適切なタイミングで彼らに公開し、不安を取り除きましょう。

●従業員や取引先に後継者を周知し引き合わせる 後継者を決め、適切なタイミングで関係者に周知したら、取引先や金融機関、事業の中核を担うコアメンバーにも後継者を引き合わせます。この段階で経営者が担うべき役割は、後継者が信頼を得るためのサポートを行うことです。

また折を見て、業界を取り巻く自社の立ち位置や過去の経緯、これまでに培ってきた経営ノウハウを後継者に伝授します。経営者の能力を高めるようバックアップは、見えない資産継承でもっとも重要な行為の1つです。

2)後継者の社長就任まで

●事業への理解を深める 後継者が管理職で主要事業に関わり、自社ビジネスへの理解を深める期間です。

明文化された事業プロセスだけではなく、熟練者のみが知るノウハウも近くで学びましょう。

ただし、自社ビジネスを理解する目的は、事業のディテールに詳しくなることだけではありません。事業の現場でその全体像を掴むことは、顧客が何を求めているか、自社の経営資源を使ってどう応えるべきかなど、これからの経営を考えるきっかけになるでしょう。

また、現場での経験は、従業員や取引先からの信頼を得ることにもつながります。

一般的に事業承継は、計画策定から完了まで5~10年ほどの時間を要します。時間をかけて、計画的に現場経験を積めるようにし、知見の習得と信頼関係の構築に努めましょう。

●事業に貢献し、信頼を勝ち取る 後継者にとって、事業の実務経験は一時的かもしれません。

しかし、現場での振る舞いを従業員や取引先はよく見ています。腰掛け期間と軽んじず、事業貢献へこだわりましょう。率先して課題を解決し成果を出せば、自ずと現場の支持は集まります。

そもそも、まださほど実績を持たない後継者が最初から周囲の信頼を得るのは難しいもの。前向きな姿勢を示すことは、懐疑的な従業員を支援者に変えるチャンスでもあります。

課題を解きほぐし、対策を立て、組織を率いて解決にあたれる「リーダーシップ」。

目標を達成するためにどのような手段を採るべきかを決め、組織を動かして成果を出す「マネジメント力」。

社長就任までの期間は、こういったスキルを身につけるチャンスです。

●業務外でも経営の知見を得る努力をする 後継者が最終的に目指すべきゴールは、優れた経営者になることです。実務から学ぶことは多いのですが、それだけでは経営者としての見識や判断力は十分に得られません。

財務や会計、税務、採用、人事、労務、IT、マネジメント手法など、身につけるべき知識は多岐にわたります。

現経営者からの直接指導に加え、外部の経営者研修など、学習計画をしっかり立て、体系的な知識を身につける機会を作りましょう。

3)経営者の交代後

●参謀役を見つける たった一人で経営を進めるのは簡単ではありません。経営者の右腕と呼べるような、信頼できる参謀役を見つけるのはとても重要です。

現経営者の参謀役から引き続きサポートを受けられるなら、過去の話も含め、後継者にとって得るものは少なくないでしょう。

ただ、後継者の実力がつくにつれ、古くから会社を支えてきた参謀役からの意見に縛られ、自由な経営ができないと感じる場面が増えるもしれません。

そんなときは一つの選択肢として、年齢や考え方が近しい従業員にサポート役を依頼してみましょう。

●組織体制・人事制度を見直す 経営を取り巻く環境はどんどん変化し、そのうち現体制の維持だけでは対応しきれない場面が出てきます。事業承継後、一定期間にわたって実績を積み重ねれば、従業員との間にある程度の信頼関係が構築されます。

組織体制や人事制度を見直すのはこのタイミングです。社内の制度改革や新体制への移行は、社員との信頼関係ができてから行いましょう。

●新規事業などで成果を出す 前経営者から引き継いだ既存事業の改革に目処がついたら、時流に沿った新しいビジネスを生み出す好機が訪れます。まずはリスクを最小に抑えるため小さく新規事業をはじめ、検証と改善を繰り返してみましょう。

大切なのは、たとえ失敗があっても前経営者は後継者に請われるまで決して口出ししないこと。人の能力や思考は、試行錯誤と失敗経験によって磨かれます。前経営者は、後継者の成長をおおらかな気持ちで見守ることが大切です。

5。見えない資産の引き継ぎは計画的に

経営者に必要なさまざまな能力。それは生まれ持っての素養や資質だけではなく、後天的な努力によって鍛えられる部分も多々あります。

後継者が次期経営者として周囲から認められ、事業を成長軌道に乗せるには、並々ならぬ努力が必要です。

逆に言えば、意識的に取り組まなければ、経営スキルはなかなか身につけられません。

経営者と後継者はそれぞれの立場で自らの使命を自覚し、計画的に学びを深め、見えないものの継承にも取り組んでいきましょう

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執筆:武田敏則 図版:藤田倫央 企画・編集:鬼頭佳代(ノオト)

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